ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.012011.06.27 UP DATE「運命の国」

ちょうど今から1年前、世界はワールドカップの熱狂の中にありました。南アフリカで開かれた世界最大のお祭りを私も家族と一緒に一喜一憂しながら見ていました。もちろん、そのころは私が日本代表の監督になるとは夢にも思っていませんでした。
ワールドカップが始まる1カ月くらい前だったでしょうか。当時はまだユベントスの監督だった私のもとに日本代表監督の岡田武史さんがトリノまで訪ねて来られました。今にして思うと本当に不思議でなりません。岡田さんとは共通の知人を介して知り合い、その時は戦術論や日本のサッカーについていろいろな話をしました。イタリアで長くクラブチームの監督を務めた私ですが、現職の代表監督と話す機会はそうそうないものです。そういう貴重な経験の相手が日本の代表監督だったこと。振り返ると運命的なことのように思えます。

そこに何かを感じたのでしょう。ワールドカップの期間中、日本は私にとって気になる国になりました。順当なら我が祖国イタリアと日本は決勝トーナメント1回戦で当たりそうな組み合わせだったこともあるかもしれません。日本はオランダに続く2位で決勝トーナメントに進みました。選手全員、誰ひとりとして手を抜かないメンタリティー、団結力に感銘を覚えた私はいつの間にか、日本に肩入れするようになっていました。それだけにパラグアイにPK戦で敗れた時は私だけでなく家族全員が本当に悲しい気持ちになったことを覚えています。

そんな私のもとに、ワールドカップが終わった後、「日本代表の監督をやる気はないか」というオファーが来ました。私はその質問が終わる前に「Si(はい)」と答えそうになりました。
オファーを受けることに、ためらいや迷いが一切なかったことについて「なぜ?」とイタリアでも日本でも繰り返し聞かれました。即答できた理由を言葉で説明するのは難しい気がします。まさに「運命的」といいますか、すべてのタイミングがぴったり重なって「これ以外にない」と自然に導かれていったのです。

それまで特に日本人と付き合いがあったわけではありません。一緒に仕事をしたことがあるといえば、トリノの監督時代の大黒選手(現横浜F・マリノス)くらいです。日本や日本人で思いつくものといえば、ローマの史跡やミラノのモンテナポレオーネ通りの高級ブティックに出入りするお行儀の良い観光客がパッと頭に浮かぶ程度の、つまりごく普通のイタリア人の域を出ませんでした。バカンスといえば「海」というイタリア人にとっては、日本は物価の高さも相まって、出かけていくにはやはり「遠い国」なのです。それゆえに本当の姿が「知られていない国」でもあります。

しかし、私に不安はありませんでした。ワクワクした気持ちで日本にやって来て、今もそれが続いています。来てみると、事前に聞いていた話と違うということはよくあることですが、私の場合はいい意味で予想は裏切られました。事前に想像していた以上に日本は快適な国だったのです。
あまりに心地がいいので、理由を自分なりに考えました。そして、どうやら私の性格が日本人に近いからではないかと思うようになりました。私は自己顕示欲の強い人間ではありません。大それたこと、突拍子もないことをやって目立ったりするのが好きではありません。それよりも周りと合わせて協調しながら事を運ぶのが好きです。だからでしょう。和を乱さない、団結力がある、全体のルールを尊重する、そういう日本人の特徴とされるところが私には非常になじむのです。3月11日に東日本大震災に襲われた後でも日本人と一緒に生活し、仕事を続けたいという気持ちに変わりはありませんでした。

日本での生活をとても気に入っています。まだ日本で暮らして9カ月ほどですが、日本の風景に溶け込めているなと自分でも思います。不便を感じるのは言葉の問題くらいで、例えば、映画を観に行っても理解することができなかったり、街中の看板が理解できなかったりすることがあると思います。
地下鉄にも慣れました。日本人が日常的に経験することは自分も味わいたいと思う人間なのでプライベートな移動では頻繁に使います。人の輪の中に入っていくのが好きなんですね。地下鉄に乗っていると同じ車両のお客さんが「あれ、この人…」と私に気づくことがあります。それでも何も起こらない。話しかけたそうにしているのは分かるのですが、踏みとどまっている感じが受け取れる。私に迷惑をかけてはいけないと思ってか、すっと視線を外してくれる。そういう心遣いには本当に驚きます。イタリアで私が地下鉄に乗ろうとしたら、あっという間に取り囲まれて改札を通ることもできないでしょう。

東京以外にも美しい町がある。それをJリーグの視察を通じて知りました。
視察の一番の目的は選手のチェックです。どういう選手が伸びているか、代表の候補選手がどういうコンディションにあるかをスタッフと手分けして自分たちの目で確める。日本代表はビッグクラブの選手のためだけにあるのではありません。代表チームはすべての日本選手に門戸を開いているのですから、代表監督が日本中のあらゆる選手の把握に努めるのは当然のことです。
試合を見ること自体はテレビでもできます。Jリーグなら1部、2部の全試合見ることが可能ですから「わざわざそんなところまで行かなくても」という人もいます。でも、どうしてもテレビだとボールを追った映像になってしまうので、ボールのないところで表れる選手の能力を把握できない。だから、私はピッチのすべてが見渡せるスタジアムで見ることにこだわるのです。好きが高じてサッカーを趣味から職業に変えてしまった人間ですから、試合を見ること自体は大好きですし、お客さんの反応を含めて、スタジアムの緊張感や歓喜の中に身を浸すことに喜びを感じるのです。だから、1日に何試合も見て回ることもまったく苦になりません。

選手の視察と同時に時間の許す限り、その土地を知ろうとも務めています。これまでJクラブがあるところはほとんど回りました。北から南まで、いろんな街があり、一つとして同じではないことを知りました。土地柄を反映して、育った場所で性格に違いが出ること、大阪、広島、福岡あたりだと泊まりがけになりますから夜の顔も知ることができました。そういういろいろな変化を実地に観察するのが好きなんですね。現場に足を運んで何でも自分の目で確かめてみる、経験してみる。すぐにではなくても、それはいつか何かを自分で判断を下す時に、きっと役に立つと思うのです。
日本は海に囲まれている国です。どこに行っても海がある。私も育った環境がそうでしたから、それも日本が好きになった理由の一つかもしれません。ですから、アジア予選のある今年は無理でも、いつか、海が美しいよと皆に勧められる、沖縄に行ってみたいと思っています。

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