ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.032011.08.06 UP DATE「バカンスと日焼け」

 「なでしこジャパン」のワールドカップ優勝と国民栄誉賞の授賞ほど、日本サッカーを勇気づけるニュースはないのでしょう。私も大いに励まされましたし、男も頑張らないと、という気にさせられました。この優勝を機に、フル代表もアンダーエージも男子も女子も、すべてのカテゴリーでトロフィーが増えていくことを望んでいます。
 実をいうと、直感的に、なでしこジャパンの優勝を予想していた部分があります。それは昨年、アジア大会を見ていたからです。アジアのクイーンに輝いた戦いぶりを見ながら「これは勝てる集団だ」と思ったのです。技術があって、団結力があって、試合にクオリティーもある。サッカー協会の関係者からは「ベスト4に入れば快挙」と聞かされていましたが、私自身は「さらに上にいけるのでは」と思っていました。
 佐々木監督は本当にいい仕事をしました。選手も素晴らしいプレーの連続でした。そしてもう一つ、強調しておきたいのはJFAの充実した仕事ぶりです。私が監督に就任してからでも「アジア大会のアベック優勝」「男子アジアカップ優勝」、そして今回の「なでしこジャパンの世界制覇」と4つのタイトルを手にしました。男子のU-17もメキシコ・ワールドカップでベスト8に残り、ブラジルを「あわや」というところまで追い詰めました。こういう協会は世界的に見ても、なかなかないのではないでしょうか。

 なでしこジャパンの活躍により、よく尋ねられるようになったのが「イタリアの女子はどうなっているんですか」ということ。あまり知られていないようですが、イタリアは欧州予選のグループリーグを首位通過したものの代表決定戦でフランスに敗れてしまいました。そこから敗者復活戦に回ってウクライナ、スイスを連破して北中米とのプレーオフまでこぎつけたのですが、米国に敗れて本大会出場を逃しました。
 残念ながら、イタリアでは女子サッカーの注目度は決して高くありません。元代表選手のカロリーナ・モラーチェという、セリエCで男性を率いた経験もある優秀な監督もいるのですが(現在は女子カナダ代表監督)、どうしても女子の場合、大企業のバックアップが乏しくて発展し切れていません。日本では野球とか大相撲とか、いろいろなスポーツが人気を博していますが、イタリアではスポーツといえば「Calcio(カルチョ、女子サッカーはCalcio Femminile)」だけという状況で、ほかの競技・種目が注目されにくい環境にあるのです。

それはさておいて、今回はイタリア人にとってのバカンスの話をしてみたいと思います。なでしこジャパンがドイツで奮闘していたころ、私は故郷のチェゼナティコでリフレッシュしていました。20日間ほどのバカンスを心ゆくまで楽しんできました。日本に“単身赴任”している私にとっては妻や息子と過ごせる時間は本当に貴重でした。
 過ごし方は典型的なイタリア人のそれでした。家族や旧友たちと連日、ランチやディナーを楽しみました。時にはビーチでバレーに興じ、浅瀬をそぞろ歩きしました。おかげでたくさん食べ過ぎて2キロ太って帰ってきました。今はダイエットが課題になっています。
 イタリア人というのは家の中での快適性を心から求める民族です。それが夏場だけは別になります。外へ外へと向かうのです。
 私の場合、息子がチェゼナティコで海辺のカフェレストランを経営しているので、そこでずっと過ごしました。驚いたのは、日本へのノスタルジーを感じたころに、日本人の観光客が訪ねてきてくれたことです。朝食をとっている時とか、ビーチで体を焼いたり、チェアに寝そべって新聞を読んでいる時に、日本人のカップルが、いつものように礼儀正しく「ザックさんですよね」とあいさつしながら声をかけてくれたのです。おかげで日本に対する里心がかなり軽減されました。

 チェゼナティコというところは典型的なイタリアのリゾート地です。60年代から95年ころまでは、ドイツ人でにぎわいました。通貨がユーロに統合されるまで、ドイツのマルクがイタリアのリラより圧倒的に強く、ドイツ人にとっては非常に使いでがあったのです。今は家族向けの施設と、クラブなど若い男女向けのナイトライフを楽しめる施設を充実させて、集客に努力しています。私には愛着の深い故郷ですから、日本人のツーリストが増えることは大歓迎以外の何ものでもありません。

 ランチやディナーをとりながらのおしゃべり以外に、バカンスの過ごし方を挙げるならそれは体を焼くことです。イタリアは基本的に「日焼けの文化」の国なのです。
 なぜ、イタリア人は体を焼くのか。それを説明するのはかなり難しい。それほど私たちには当たり前の行為なのです。6月から9月にかけて日焼けに対してとにかくアグレッシブになります。習慣化したのは1950年代からで、とにかく「焼けている方がかっこいい」ということになったのです。夏のバカンスで体を焼き損ねた人は冬に日焼けサロンに行って取り返そうとするほどです。世界的に有名な海辺のリゾートでは、どこにいっても、どの時期に行っても、そこにイタリア人が必ずいる、とからかわれるくらいです。  日本の女性は「美白」にこだわるそうですが、イタリアの女性はまるで逆です。男よりよほど体を焼きたがります。それはイタリアの男が日焼けしている女性を好むからでもあります。薄着になって肌の露出が増える夏が近づくと、イタリア女性は体を焼いてアピールポイントを強化するわけです。イギリス人やドイツ人は太陽の下では肌が赤くなって終わりでしょうが、肌の強いイタリア人は「素焼き」で、いい焼け具合になるのです。

 日本にはお盆という習慣があるそうですね。バカンスと帰省が一体になっていて、先祖の墓参りをすると聞きました。イタリアはそこは完全に分離しています。
 日本のお盆の時期、イタリアもフェッラゴスト(聖母マリア被昇天の祝日)といってバカンスのトップシーズンになります。ただ、先祖を偲ぶのはそれより先、9月1、2日に設定されています。
 ただ、イタリアも世知辛くなっています。不況の影響で最近の調査によると、イタリア人の5人に2人しかバカンスに行かなくなっているそうです。バカンスをあきらめて、その費用を貯金に回す人が増えているというのです。

 サッカー選手は不況と無縁かもしれません。サルディニア島のポルトチェルボ、スペインのイビサ島のフォルメンテーラ、アメリカのマイアミでバカンスを過ごす姿がよくパパラッチのターゲットになっていますからね。
 ただ、彼らがプロフェッショナルなのは、バカンスで外食中心の生活、ワイン三昧の日々を過ごしても、新シーズンのキャンプはベストの体重から2キロプラスくらいで参加してくることです。これなら許容範囲といえるでしょう。

 例外もあります。私の支配下の選手ではありません。ラツィオの関係者から聞いた話です。1990年代のイングランド代表にポール・ガスコインという天才がいました。彼がラツィオでプレーしていたころ、バカンスを過ごしてローマに戻ってきました。クラブ関係者が空港に迎えにいったのですが、飛行機から降りてこない。「ガスコインが飛行機に乗っていない」と大騒ぎになったのですが、真っ青になっている関係者の前で、ぱんぱんに膨らんだ体型の男性が「どうした? 何かあったのか?」。よく見たら、それはまったく別人になったガスコインでした。
 ガスコインは誰もが認める才能の持ち主でした。しかし、有り余るほどの才能を持ちながら、つぶれる選手が多いのもこの世の常です。イタリアでは、そういう例に触れた時、こういう諺を使って惜しみます。
「パンを持っている者には歯がない」

PAGE TOP