ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.042011.08.29 UP DATE「ワールドカップ予選」

 いよいよ9月2日からワールドカップ・アジア地区3次予選が始まります。
誰しも初めてのことには好奇心がわくもので、未知のものが目の前にあると「詳しく見てみたい」「触れてみたい」「自分もやってみたい」と思うものでしょう。私にとってワールドカップのアジア予選はまさにそれで、今から非常にワクワクしています。
 アジア予選はヨーロッパより1年早くスタートする、非常な長丁場です。おまけにアジア大陸は東西にも南北にも長い。しかし、だからこそアジアでしか味わえない楽しみがあると言えます。いろいろな国に多種多様な文化があり、文化や気候、民族性に根差したサッカーのスタイルがある。それらを実際にその場所に足を運んで肌で感じることができるのは代表監督という仕事の醍醐味の一つではないでしょうか。きっと魅力的な経験になることでしょう。
 幸いなことに、日本サッカー協会にはそのアジア予選を1998年から3大会連続してクリアしてきた「協会としての」経験値があります(2002年日韓大会は除く)。これは私にとって心強い支えです。技術委員会スタッフの助言にもしっかりと耳を傾けながら、長い道のりをともに踏破したいと思っています。

 代表監督に就任してからの1年間を振り返ると、南米の強豪アルゼンチンに勝って船出し、優勝した1月のアジアカップは非常に中身の濃い大会にできました。直近の韓国戦も3-0という37年ぶりの大差で勝つことができました。隣国のライバルから結果と中身の両方を手に入れて、この1年間を締めくくれたことで、選手の自信は今、本当に大きく育っています。
 この自信はアジアの3次予選や最終予選を勝ち抜く礎になるものですが、同時に過酷な予選を通じてさらに確固たるものに研磨されていくことでしょう。それは最終的に、我々のチームを、ブラジルで行われる2014年ワールドカップ本大会に「脇役」ではなく「主役」として参加させることにつながるはずです。
 ワールドカップに主役として参加するには相手がどんな強豪でも対等に渡り合える力がないと話になりません。本大会で勝ち進むチームには何かしら特徴というか「武器」があるものです。そういう相手に素手で闘うわけにはいきません。日本は日本で「うちにもこういう武器があるよ」「長所があるよ」と誇示できなければならない。その「武器」は他のチームにないものであればより一層望ましい。私は4年足らずの間にその設計と開発を託された総責任者と言えますし、この1年間の成長は予想以上のものでした。引き続き、日本代表を本大会でどこと当たっても対等に渡り合えるチームに成長させていきたいと思っています。
 この手記を読んでくださっている方の中には、自信が過信や慢心につながることを心配される方もいるかもしれません。アジア予選を待ち焦がれつつ、油断や慢心など私にまったくありません。予選で戦う相手は「ワールドカップ出場」という大きな目的を持っている上に「打倒、ニッポン」を合言葉にしてきます。勝てば「アジアチャンピオン」に土をつけたという栄誉が手に入りますから、それこそ、どのチームも日本戦に最大限の力が発揮できるように仕上げてくることでしょう。精神的にも「失うものは何もない」とリラックスしたハングリーなチャレンジャーを毎試合、切り伏せていくのは大変な作業になる。それは重々承知しています。
 私がアジア予選を前にブラジル本大会のことまで語ったのは、チームとしての志は高く持っていなければならないことを、皆さんにシンプルにお伝えしたかったからです。イタリアでクラブチームを率いていた時もそうでした。相手がトリノのユベントス、ミラノのインテル、ACミラン、どこであろうと、そういうビッグクラブとの対戦は必然的に大舞台になります。そういう晴れ舞台で何より大切なことは自分たちの持てる能力を最大限に発揮することでした。そういうステージを楽しみに行ける気持ちになれるかどうかでした。私は日本代表をどんな舞台に立たせても、どんな相手を前にしても、堂々と自分の武器をかざして闘えるチームにしたいと思っています。

 7月のコパ・アメリカを思い出してみてください。4年に一度、南米チャンピオンを決める大会でホスト国のアルゼンチンと優勝候補筆頭のブラジルはそろってベスト8で姿を消しました。集中力の高い、団結力の高いチーム、負けても特にプレッシャーのない精神的にフリーな状況にあったチームに屈したのです。
 ピッチにおけるクオリティーや選手個々のバリューからすると、やはりアルゼンチンやブラジルの方が高かったと思います。しかし、私には、彼らが本来の力を最大限に発揮したとは思えませんでした。アルゼンチンのメッシやテベスのようなスター選手も額面どおりのプレーを見せられなかった。タレントの数だけで勝負は決まらないことを示す典型的な例でした。
 私は、自分たちよりもクオリティーの高いチームが、結束力とモチベーションと組織力を自分たちと同じくらい高く出してきたら、日本が厳しい状況に置かれても、それは相手を称賛するべきだと思っています。しかし、緊張とか、相手に名前負けして腰が引け、せっかくの力を出し切れないまま負けるのだけは許せません。だから、自分たちの出来ることに正しい自信を持ちなさいと言いたいわけです。

 アジア予選が始まる前に、選手たちに伝えようと思っているのは、例えばアジアカップで勝てたのはなぜか、ここまで結果がついてきているのはなぜか、ということです。それは自分たちが自惚れないで自分たちが出来ることをしっかりやってきたからです。どんな相手でも過小評価しないで結束して事に当たってきたからです。ただし、それすらもう過去の成功体験であって、これからはまったく違う戦いがある。今までの戦い方にどこか間違いはないか、心構えに問題はないか。しっかり自分たちを見つめ直していこう。そういうことを伝えることになるでしょう。
 サッカーの非常に面白いところなのですが、私にとって最初の試合であったアルゼンチン戦でもアジアカップでも、この前の日韓戦でも、いくつか「勝利の鍵」と呼べるものがありました。それを試合前に見つけることが出来ていました。相手を分析し、シチュエーションを分析し、その「鍵」と思われることを練習や試合に実際に落とし込んでやらせてみる。「鍵」を見つけても、実際にピッチで鍵穴に鍵を差し、ノブを回すのは選手たちですから、どこまで出来るかというのは結局選手にかかってきます。
 その「鍵」と呼ばれるものが、例えばこの間の韓国戦においては何だったのかは、今後のこともあるので、日本の諺でいうところの「言わぬが花」でしょう。大切なことは「言う」ことではなくて「やる」ことです。この世に完璧なチームなどありませんし、必ずチームには長所と短所があるものです。自分たちの長所は見せて短所は隠す。それが韓国戦では出来ました。
 というわけで、一つ一つの試合で勝利の鍵は変わってきますから、私たちはこれから朝鮮民主主義人民共和国戦に向けた勝利の鍵を全員で団結して見つけ、遂行しなければなりません。

 アジア予選を勝ち抜くにはすべてがそろっていないと無理でしょう。ややもすると周りは「タレントはそろっている」「戦術が良ければ勝てる」という見方をしますが、気を引き締めなければならないし、団結もしなければならない。技術力やフィジカルコンディションを良好に保つことも大事です。要は頭も体もクリアな状態で臨むことです。
 そして、絶対的に必要なのがサポーターのプッシュです。これまで同様にこのチームを応援して欲しいと思います。いろんな試練が待ち構えていると思いますが、今までどおりの温かい目、長い目で見守ってほしい。世界的に見ても、この日本の優れたサッカー文化を引き続き大切にして育んでいって欲しいと思っています。そのおかげで、いつも代表チームは落ち着いて試合に集中することができているのです。
 可能であれば、ホームだけでなく、アウェーにも足を運んでいただければと思います。アウェーのスタンドに陣取るサポーターほど心強い存在はありません。選手たちはみんな、そう思っています。もちろん、私も、です。

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