ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.062011.11.08 UP DATE「欧州視察とアウェー戦」

 10月上旬、約2週間の日程でヨーロッパを視察して回りました。14日に出て、29日に帰国するまでの間にフランクフルト、シュツットガルト、カールスルーエ、ドルトムントなどドイツの6都市とイタリアのノバーラ、スペインのマドリードを訪ねました。ヨーロッパでプレーする日本選手の情報を収集するためです。
 日本に戻ってきたとき、ほっとした感覚が自分の中にあることに気づきました。皆さんは私がヨーロッパを視察していると聞いて「イタリアにも帰ったんだな」と思われたかもしれませんが、私には「帰る」という言葉がイタリアから日本に戻ってきたときの方がしっくりくるように思えました。
 日本での暮らしは1年を越え、日本を拠点にして外に出かけるということが生活のベースとして普通になったことがありますし、仕事が日本にあるのでイタリアにいても頭の中に常に日本サッカーのことがあるからでしょう。衣服とか日常生活に必要な品々もすべて日本にあります。だから、日本に帰ってくるとすごく落ち着くのだと思います。
 この間もイタリアの友人たちに指摘され、あきれられたのですが、私が日本について話すとき、知らず知らずのうちに「われわれ日本が」という言葉になっているというのです。言われてみるとそうなのです。「日本が」という言葉が出てこなくなり、いつの間にか「われわれ日本が」と自分も含めた言葉遣いになっているのです。

 視察の目的は十分に果たせました。駆け足ではありましたが、今回は試合を見るだけでなく、選手と話しができたことが大きかったと思います。特に10月11日のタジキスタン戦に呼べなかったり、見られなかった選手の現状を情報収集できたのは収穫でした。
 私が直接見に行くことで選手のモチベーションが高まると言ってくれる人がいますが、今回は選手たちがそれぞれの所属クラブの監督から日々、何を求められているかを直接聴き取ることに力点を置いていました。おかげで試合の中でどんな役割を求められ、それに選手がどう応えているか、しっかり見極めることができました。選手がどんな状況に置かれ、それをどうクリアしようと頑張っているか、私なりに把握できたように思います。
 自分では特別なことをしているつもりはありません。スタッフと手分けして国内のJリーグを視察し選手の状態をチェックしている、それと同じことを欧州でやったにすぎません。代表監督就任以来、私はこれまでJリーグを中心に直に104試合見ていますが、今後も時間の許す限り、身体が言うことを聞く限り、国内に欧州に、積極的に足を運びたいと思っています。

 さて、11月はワールドカップ・ブラジル大会アジア3次予選のアウェーでの2連戦が待ち構えています。11日にタジキスタンとドゥシャンベで、15日には朝鮮民主主義人民共和国と平壌で戦うことになっています。
 チームは6日からカタールのドーハで合宿を張り、9日夜にドゥシャンベに乗り込みます。欧州でプレーしている選手たちは、合流地点が移動距離の短いドーハという点に救いはあると思いますが、いずれにしても過酷な連戦になるのは間違いありません。これほどの長距離移動にアウェーの連戦が組み込まれているのは私にとっても初めての経験ですが、将来的にきっと何かの役に立つと前向きにとらえています。こういう厳しい戦いを経験することで選手は、特にメンタル面で鍛えられるものが多々あると信じています。
 現実問題として選手のコンディション調整はデリケートな作業になるでしょう。自分が所属するリーグで出ずっぱりの選手がいれば、故障のブランクから復活したばかりの選手もいます。前者は蓄積した疲労、後者には試合勘に問題が出るかもしれません。
 日本では「試合勘」というと、出場機会に恵まれない日本代表の欧州組に対する不安とセットで語られることが多いようですが、イタリアではもっぱら、故障で長期にわたり戦線を離れていた選手がピッチに戻ってきたときに使われます。代表選手に向けて使われることはほとんどありません。これは、アッズーリ(イタリア代表)のほとんどがセリエAでプレーしていることと関係があると思います。アッズーリの選手たちはイタリア国内でコンスタントにレギュラーとしてプレーしている。これでは「試合勘」が議論の対象になることはほとんどありません。国外組にしても長旅による疲れとか時差の問題に直面するわけではありません。必然的にこの言葉はケガから復帰したばかりの選手に使われることが多くなるのです。
 私は、選手は基本的に試合に出た方がいいと思っています。90分の間、切らすことのない集中力、精度の高い動きは練習だけではなかなか身につかないものです。やはり、試合に出て、課題を見つけて練習し、それを次の試合に生かすというサイクルに入ることが選手にはベストでしょう。選手の立場に立てばなおさらそう思います。

 とにかく、われわれはこの2連戦で最終予選進出を決めるつもりでいます。過信やうぬぼれではなく、われわれの持つチームとしてのマインドが、チャンスがあれば手をこまねいたり流して見送ったりするより、どんどん前倒しして実現させていこうというポジティブなものだからです。前倒しして目標をかなえていくだけの技術力も精神力も今のチームは実際に持ち合わせているとも思っています。それら持てる力をしっかり計画してピッチで表現させるのが私の仕事です。
 今回のタジキスタン戦のポイントは長居での8‐0の大勝をいかに選手に忘れさせるかにあるでしょう。あの結果を受けて、タジキスタンを過小評価するようだと既にミスは始まっているといえます。あれほどの大敗はそうはないことですから、タジキスタンがどれだけ気合を入れてくるか、普通に考えても分かることです。長居では大勢の観衆の前で過緊張に陥っていた部分もあります。今回はホームの声援を背に粘り強く戦ってくることでしょう。ピッチ状態もよく整備された長居のようにはいきません。技術とスピードを前面に押し出す、われわれのようなスタイルのサッカーにとって整備されてないピッチは一番の障害になります。そういったことをすべて踏まえた上で緩みのない試合をしたいと思います。
 今回、ヨーロッパを見て回って、ドイツ、イタリア、スペイン、これだけ近くにある国同士でも気候も違えば、風土もサッカーも生活のスタイルも違うと改めて実感しました。ヨーロッパもいろいろだなあと。まして、東西にも南北にも広大なアジアです。アジアにはもっと大きな差異がある。そのことを実感するアウェーになるのでしょう。

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