ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.132012.05.20 UP DATE「日本の特徴を武器に、
 最終予選へ」

 4月の視察で改めて感じたことですが、ヨーロッパ各国のリーグで活躍する日本人選手を見ていると、彼らが何を武器に戦っているかがよく分かります。対峙(たいじ)する相手は自分よりサイズは大きいしパワーもある、アグレッシブでもある。そういうタフな環境に適応するうちに自分たちの特徴により磨きがかかったのでしょう。
 ドイツのブンデスリーガは試合の質自体が相当上がっていると感じました。優秀な外国人選手が大量に流入してレベルを押し上げているのだと思います。その外国人選手の中に日本人選手が含まれていることを素直に喜んでいいでしょう。日本人選手のレベルの高さは今やドイツのみならず、ヨーロッパ中が認め始めています。

 日本人選手に共通するのは、スピーディーにプレーしながらでも精度が落ちない技術を持っていることです。それがチームにプラスになると監督に重宝がられている。日本でしっかりとした技術を身に着けた上でヨーロッパに渡り、そこでさらに磨きをかけたのが成功の理由でしょう。
 ハイスピードでもぶれない技術をベースに判断力にも磨きがかかっています。例えば、香川や長友も2タッチ以上、手数をかけてプレーすることはめったにない。シンプルにさばくべきところはシンプルに徹し、ここぞ、というときに勝負に出る。ヨーロッパに既にいる選手も、これからヨーロッパに渡る選手も、そういう部分を念頭に置いてアジャストしていくべきなのでしょう。
 パワー比べではヨーロッパやアフリカの選手に見劣りがする日本人のアタッカーがシンプルにプレーすることは無駄なコンタクトを避ける上でも有益です。では、ディフェンシブな仕事をする選手はどうでしょうか。ポジション柄、激しいコンタクトを避けることは無理なようですが、そこでも日本人選手が生き残る道はあると思います。
 その良い例が細貝萌です。アウクスブルクで主力の座を勝ち取った細貝はインテリジェントなプレーが印象的です。アグレッシブと豊富な運動量をベースにしていますが、頭を使っているのがスタートポジションの取り方のうまさに表れています。そのポジションからインターセプトを狙うのか、外に追いやることを狙うのか、その判断の切り替えが実に的確です。ドイツの大きな選手に囲まれると決してサイズには恵まれていませんが、ボールを危険な場所から遠ざけることで危機を回避する技に長けています。ボールを根こそぎ奪いとるような真似はできなくても、攻めを遅らせる、無にすることはできる。その細貝もボールがオンのときは2タッチ以上する姿をほとんど見ません。それが攻撃のリズムを作ったり、攻めをスピードアップさせるのに役立っています。
 今、記したことは6月から始まるワールドカップ・ブラジル大会アジア最終予選でも重要なファクターになると思っています。ヨーロッパほどではなくても、日本と対戦する国々がよりアグレッシブに、より激しいフィジカルコンタクトを仕掛けてくるのは簡単に想像がつきます。日本のリズムで好きなようにプレーさせたら勝ち目は薄いからです。そういう相手の仕掛けを空転させるにはシンプルにパスをつないで相手を振り回すことが大事になります。日本の選手にはそれだけの技術も判断力もあると思っています。

 戦術の多様性も大事な要素になるでしょう。プランAでうまくいかないとき、実行できるプランBの有る無しはチームに与える余裕の点で大きな差が出ます。
 ヨーロッパ視察を終えた後、4月23日から3日間、千葉でミニキャンプを張りました。そこで3-4-3システムのトレーニングを集中的にやりました。初招集の選手も多くいましたから、すぐにできるとは当然思っていませんでした。「なぜ、このタイミングで」とキャンプ中に何度も問われましたが、試合のための招集ではない、練習のために招集できた「このタイミングで」しか、なかなかやれないことだったからです。
 一部には私が3-4-3にそこまでこだわる理由が分からない、という人もいるようですね。自分ではそんな突拍子もないことを選手にやらせている意識はありません。以前の手記でも書いたように、システムはスタートポジションを決めているだけで、ボールとゴールと味方と相手という4者の関係性を常に頭に置いてプレーするという真理が変わることはありません。3-4-3での特性や考え方を理解することは、3-4-3システムの習得だけでなく、他のシステムを採用した時のプレーの幅が広がることにもつながるのです。
 例えば、ピアニストが舞台に立ったはいいが、弾ける曲は1曲しかなかったらどうなるでしょう。プロならその場の状況に応じて演奏できるレパートリーを増やす努力を惜しまないのは当然のことです。クラブと違って毎日練習できるわけではないので修得に時間がかかるのはやむをえません。もう少し、長期的なスパンで、広い視野を持ってチームの成長を見てもらえたらと思います。

 最終予選に向けて心配事があるとしたら、選手のコンディションでしょうか。それを推し量るために23日にアゼルバイジャン戦を急拠、最終予選本番前に設定することにしました。
 物事には何事も表裏、功罪の両面があります。ヨーロッパで活躍する日本人選手が増えることもそうです。選手はタフなリーグで経験を積むことで選手としてより完成形に近づける。その伸びが代表チームに還元されると代表チームも強くなる。そういうサイクルに近づけます。これは「功」の部分です。
 ネガティブな面は、選手が海外にいると、どうしても集めづらくなることでしょう。選手が全員国内にいたら、4月のミニ合宿のようなことを協会とJリーグが話し合ってスケジュールの空きを探してぱっとやれます。
 試合のための招集も容易ではありません。試合によっては48時間前に所属クラブにリリースされ、日本に着くのは試合前日というようなことが頻繁に起こります。そうするとどうしても試合当日のコンディションに難が生じます。
 2月29日のウズベキスタンとのワールドカップ3次予選最終戦(豊田スタジアム)はそういう問題が出た試合でした。欧州組は1日、2日前にチームに合流し、移動の疲れ、時差ボケによって体調にばらつきがあり、その差を埋めるだけでも大変でした。

 試合の話というと個人のプレーの良しあしや戦術面ばかりクローズアップされがちですが、コンディションの波も試合の出来を大きく左右します。
 今シーズンのUEFAチャンピオンズリーグはチェルシーが優勝して幕を下ろしましたが、大会のクライマックスは優勝候補と誰もが認めたレアル・マドリードとFCバルセロナがそろって敗れた準決勝にあったような気がします。昔と違って現在のサッカービジネスはテレビの放映権収入に大きく依存する収益構造になっています。シーズン終盤に国内リーグもチャンピオンズリーグもどんどんクライマックスが押し寄せてきます。そういうビッグマッチが立て込んでくればくるほど、皮肉なことに試合のクオリティーは落ちていきます。いかに、天下のレアル、バルサといえども、チャンピオンズリーグ準決勝の間にクラシコを挟まれては質を保つのは難しいでしょう。練習は調整、調整の連続になり、試合に向けたディテールを詰め切れない。準決勝の間のゲームがクラシコではなく、もっと軽いカードだったら、決勝はレアルとバルサになっていた、とまでは私には言えません。結局、相手はどこであれ、準決勝の合間に90分の試合を一つこなすわけですからコンディションが良いわけはありません。あのような日程が組まれた時点で最高の試合を見ることは最初からできない相談だったのです。
 バルサのメッシに1週間のインタバールを与えたら、その週末の試合で4得点することは想像できます。が、あの日程ではいかにメッシといえども、多くを求めるのは酷だったのです。フィジカルの問題は想像以上に技術に悪影響を及ぼすものなのです。
 私がACミランの監督をしているときは、もっとチャンピオンズリーグの日程は過密でした。毎週水曜日に連続してチャンピオンズリーグの試合が織り込まれていました。今でも覚えているのは日曜日にローマでセリエAのナイトゲームを戦い、その足で深夜のバスで午前3時にミラノに到着。月曜日はリカバリーに充てつつ、そのメニューに水曜日のチェルシーとのチャンピオンズリーグに備えた戦術練習を組み込みました。火曜日の公式練習は相手も偵察に来ますから濃いことはできません。今から思うと、そんなことを毎週繰り返していたのですから当時の選手は本当に気の毒でした。

 この先の最終予選でもコンディションが大きな課題になると認識しています。特に6月は3日から12日までの間に3連戦をこなします。12日のオーストラリア戦はブリスベンに移動してのアウェー戦ですから一番の難所になるでしょう。
 過酷なシーズンを戦い終えた欧州組は今、続々と日本に戻ってきて1シーズンの疲れを癒しつつ、ワールドカップ最終予選に向けてコンディションを落とさないように自主トレを積んでくれています。リフレッシュしながら最終予選本番に向けたコンディション作りも怠らない、という難しい作業に取り組んでくれています。
 ここから先の私の仕事にもより一層の繊細さが求められると思っています。欧州組のメリットとネガティブな部分、国内組のメリットとネガティブな部分、それらをうまく取捨選択して、良い面が悪い面に相殺されないように、いい部分がたくさん出るような方向に持っていくことが私の一番の使命だと思っています。
 特にフィジカルのところは最大限の注意を払いたいと思っています。最終予選の相手はどこも3次予選とはレベルが違う。ウズベキスタンのようなレベルの相手は普通で、もっと手ごわい相手もいるから、すごく気を引き締めていかなければならない。
 彼らの多くは自陣にしっかり守備のブロックを築いて、日本のミスをカウンターで突く腹でしょう。そんな相手を、私たちは最大の武器である「スピードの中の技術」を前面に押し出して打ち破っていくつもりです。頭と体をクリアな状態にして初戦を迎えさせたいと思っています。
 私の選手たちは、苦しい状況になればなるほど団結する力を持っています。これも予選を突破する上で大きな武器になるでしょう。予選では立ち上がりが肝心ですが、そういう意味では最初の2戦をサポーターの応援を背に戦えるのは心強い。埼玉スタジアムのスタンドから、テレビの前から、声の限りに私たちをプッシュしていただきたいと思います。
 ブラジルに向けて、ともに戦いましょう。

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