ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.162012.08.29 UP DATE「ロンドン五輪」

 この夏、ロンドンの地で日本サッカーが素晴らしい成果を上げました。「なでしこジャパン」は五輪で初めてのメダル(銀)を手にし、男子は1968年メキシコ五輪以来のベスト4に進みました。どちらも称賛に値する結果といえるでしょう。
なでしこは昨夏のワールドカップ・ドイツ大会の覇者でしたから、周囲の期待も大きかったし、期待されるだけの実力も備えていると思っていました。ファイナルで米国に敗れはしましたが、メダル獲得は順当という気がします。
日本のファンの皆さんを驚かせたのは、むしろ男子ではなかったでしょうか。五輪本番では初戦でスペインに1―0で勝つなど1次リーグを首位通過。準々決勝はエジプトに快勝し、2000年シドニー五輪で果たせなかったベスト8の壁を乗り越えました。準決勝で金メダルを獲得したメキシコに敗れましたが、先制していただけにとても残念でした。

 関塚監督は招集した選手たちの能力を最大限に引き出す工夫を凝らしました。守る時は守るという意思統一が徹底され、それが準々決勝まで無失点という堅守につながったと思います。スピーディーな前線のメンバーの特長を生かす攻撃を基調にしました。
日本に限らず、どの国にもいろいろなタイプの選手がいるものです。どんなタイプの選手を集め、どんな戦い方をさせるか、その監督の味の付け方によってチームのテイストも変わる。それはごく当たり前のことです。
監督の仕事とは手元にいる選手の個性、特長を見極めながら、勝つための人選、配置、戦術を構築することです。関塚監督は集めたメンバーの特長に応じて勝つための最善手を見事に作り上げたと思います。

 ファンの皆さんはロンドン五輪の男子の進撃に驚いたかもしれませんが、実は私にとっては想定内でした。監督の力量、個々の選手の力量を推し量りながら、十分に世界を向こうに回して戦える力があると思っていました。日本選手のコンディションが良ければ、メキシコやブラジルを下して金メダルを手にすることができていたかもしれません。どういうコンディションで大会に臨み、コンディションをどうやって高いレベルで維持していくか。これはフル代表にとっても大きな課題だと思っています。

五輪代表は日本代表の候補、そう考える私にとって、ロンドンでの日本選手の活躍はうれしいものでした。代表と切り離して考えたとしても、選手たちは戻る先が欧州であれJリーグであれ、それぞれが自分の所属クラブで五輪の経験を既に生かし始めていると思います。ヨーロッパ(スペイン)、アフリカ(モロッコ、エジプト)、中米(ホンジュラス、メキシコ)、アジア(韓国)と、様々な背景を持つ大陸の代表と、世界が注視する舞台で体と体をぶつけ合ったこと。これは若い彼らにとって何ものにも代え難い経験になったと思います。私かもしれないし、私の次の代表監督の時代になるかもしれませんが、その経験は必ずや生かされることでしょう。

ロンドン五輪の余韻もさめやらぬうちに、日本代表は8月15日に札幌ドームでベネズエラとキリンチャレンジカップを戦いました。代表チームの宿命とはいえ、集まる時間が限られるチームの難しさが出た試合になりました。 チームの集合は6月のワールドカップ最終予選以来、約2カ月ぶりでした。これだけ間隔が空くと、6月のシリーズで体に染み込ませた感覚も薄れてしまうものです。所属のクラブのやり方や自分のクセといったものに取って代わられる、といいますか。

 集合から試合までわずかな時間しかありませんでしたが、選手に課したのは代表での感覚を少しでも取り戻してもらうための復習が中心になりました。
1―1という試合の結果について満足はしていません。時間帯によって「らしさ」を発揮できたところもありましたが、ところどころ抜けてしまったところもありました。せっかく、試合を支配しながら、先制点を取った後に畳みかけることができず、一つのミスから相手に立ち直るチャンスを与えてしまいました。

選手交代について、ロンドン五輪の直後だっただけに、五輪に出場した酒井高(シュツットガルト)やロンドン世代の宮市(ウィガン)を出してほしかった、という声が試合の後、私の耳に届きました。そういうファンの気持ちは十分に理解できますが、ベネズエラ戦は自分たちのやり方を復習する、思い出す、という位置付けの試合でした。だとすれば、我々が目指すサッカーのやり方をよく知っているメンバーが自分たちのやり方をどれくらい実践できるかも観察しておきたかった。不慣れな選手に場慣れの機会を与える、という位置付けの試合ではありませんでしたから、ここはファンの気持ちに応えるより、冷静に自分の仕事に徹しなければと思ったのです。

選手が入れ替わる過程で本田(CSKAモスクワ)がトップ下から1トップに就いたことについても一言、言及しておきたいと思います。
本田という選手が幾つかのポジションをこなせること、これはチームにとってとても幸運なことだと思っています。サッカーは一つの試合の中で、一つの大会の中で何が起きるか分からない競技です。そういう時に、ほかのメンバーとの兼ね合い、コンディションの問題等を総合的に判断して、いろいろな起用法を採れるのは監督としてありがたいことです。そう断った上で、今の時点で言えることは、われわれが目指すサッカーの中で、本田のポジションはトップ下が適正だということです。

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