ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.172012.09.05 UP DATE「イラク戦を前に」

9月6日のUAE(アラブ首長国連邦)とのキリンチャレンジカップを経て、11日に埼玉スタジアムでイラクとワールドカップ・ブラジル大会アジア最終予選を戦います。6月の3連戦を2勝1分けで乗り切り、勝ち点7でグループBの首位に立つ日本代表にとって、今回のイラク戦は重要な試合になると思っています。理由はいろいろありますが、イラクというチームがやはり難敵だからです。ブラジルの本大会に進む可能性を持っていると自他ともに認める存在ですし、チームとしてフィジカルの強さに特長があり、前線には優秀なタレントが何人もいます。2006年のワールドカップ・ドイツ大会で日本代表を指揮し、今回はイラクを率いるジーコ監督は、私が語るまでもなく、日本サッカーの発展に尽くした功労者の一人であり、日本サッカーと日本選手に精通しています。6月はヨルダン、オマーンと戦って、いずれも1―1で引き分け、勝ち点は伸ばせていませんが、だからこそ11日の日本戦は不退転の覚悟で臨んでくるでしょう。

迎え撃つ日本はどうでしょうか。日本の選手の個々の能力について私は疑ったことはありません。信頼も寄せています。そういう事実を前提に、あえて、今回の試合で問題になりそうなことを挙げるとすれば、それは「慣れ」かもしれません。ご存じのとおり、激戦となった6月のオーストラリア戦により、3選手を出場停止で欠く事になりました。彼らの代わりに出す選手のクオリティーについては何の心配もしていませんが、やはり、ずっとレギュラーでやってきた選手と比べると連携の点でハンディがあるのは否めません。これまでと違う選手と隣り合わせになるわけですから、呼吸とか連係の部分でちょっとしたズレが生じるかもしれません。だからこそ、6日に新潟のビッグスワンで戦うUAEとの試合は単なるフレンドリーではありえません。「慣れ」の問題を少しでも解消するための、強化に役立つ、貴重なテストの場になります。

8月15日のベネズエラ戦も位置づけは同じでした。今野に代わるセンターバックに前半は伊野波、後半は水本を、内田に代わる右サイドバックに駒野を試しました。ベネズエラ戦は後半に失点して引き分けましたが、カウンターにやられたとは思っていません。日本がボールを失った後、われわれの陣地には4人いて、4対2の数的優位は保てていたからです。リスクマネジメントはある程度、取れていたと思います。失点は、向こうのFWにうまくシュートを決められた、という感じでした。イラク戦ではカウンターに対するリスクマネジメントをしっかり取って、数に頼ってスキを作ることのないようにしたいとも思っています。

6日に準備の試合を挟めるのは好材料ですが、海外組については、やはりコンディションに不安があります。8月中旬、下旬から欧州サッカーは新シーズンが始まりましたが、選手によってチームで置かれた状況はさまざまです。一足早く7月にシーズンインした川島と本田は好調そうですし、香川、長友、清武らも開幕からコンスタントに先発できています。一方で、そうでない選手がいることも確かです。こういうことから生じる選手間のコンディションのばらつきには、細心の注意を払っていきたいと思います。

ただ、サッカーの仕事に長く携わって思うことは、何でも完璧に、自分の思い通りに事が運ぶ、ということの方が、この仕事では珍しいということです。チームを預かる立場としては、集中的にアクシデントが重なること、つまり今回のように同じパートの3人を同時に失うことはできれば避けたい事態です。しかし、特にあわてているわけではありません。監督とは常に何かトラブルに見舞われる仕事だからです。選手の出場停止もコンディションのばらつきも想定の範囲内のこととして、イラク戦にはしっかり対策を練って臨むつもりでいます。

私には代表戦を待ちわびる気持ちが常にあります。それは、あの素晴らしい日本のサポーターとスタジアムで会えるからです。「サポーターに対して何か期待することはありますか」と聞かれる度に私は回答に窮します。「これ以上、何を期待すればいいのか分からない」。そう答えられるほど、日本のサポーターは常に全力でわれわれをサポートしてくれるからです。試合前から試合中も試合後も素晴らしい雰囲気でわれわれを包んでくれる。私のキャリアの中で、これほど素晴らしいサポーターに出会えたことはありません。日本のサポーターの90分間、やむことのない声援があるからこそ、選手たちもより積極的に攻撃的なサッカーが仕掛けられる。これは疑問の余地のない事実です。

イラク戦がどんな試合になるかは、なかなか読み切れません。試合の中で良くない流れの時間帯もできると思います。ちょうど1年前の埼玉で、われわれは北朝鮮とワールドカップのアジア3次予選を戦い、試合を完全に支配しながら、得点は吉田の終了間際の1点だけにとどまりました。あのような苦しい展開になることも十分に予想されます。そんなときこそ、これまで同様、日本代表を声で励まし、支えてほしいと思います。われわれも全力で期待に応えるつもりです。どんな相手にも、どんな状況でも、試合に臨むにあたって決して油断しないこと、気持ちをぶれさせずに、覚悟を持って臨む、というのは私が代表に植え付けている哲学でもあります。

6月のホームの2連戦はオマーン、ヨルダンを一蹴できました。結果だけをみれば、選手の出来が良くて、チームの狙いも出せて、簡単なゲームだったと思えるわけですが、試合前にはあのような展開になるとは思ってもみませんでした。イラク戦も同じです。向こうは日本をどうにかして沈めようとするでしょう。この1戦にワールドカップ出場がかかっている――それくらいの気持ちでわれわれに戦いを挑んでくるでしょう。それに負けない覚悟と、極限まで張り詰めた集中力と緊張感を日本の選手も示してくれるはずです。

ふと、思うことがあります。サポーターの皆さん以上に、今の日本代表の実力と将来性に期待を寄せている人間がいるとしたら、それは私ではないだろうか、と。

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