ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.172012.10.02 UP DATE「ウソ発見器」

10月は日本サッカーにとって大きな試金石となります。12日にパリでフランス代表と、16日にポーランドのブロツワフでブラジル代表と試合を行います。言うまでもなく、どちらも一級品の相手です。このレベルのチームとの対戦は、私が初采配を振るった2010年10月8日のアルゼンチン戦以来かもしれません。フランスやブラジルのようなハイレベルな相手と戦わない限り、ワールドカップに向けたチーム作りの過程で、浮き彫りにならない課題、得られない情報というのがあるのです。チームも選手も自分たちがどんなポジションにいて、この先、何を伸ばさなければならないか、自分たちはどこまで成長していけるか、じっくり見つめ直す機会になるでしょう。しかも今回は日本の外に出ての試合になります。アウェー経験の少ない我々にとっては、このような試合を積み重ねていくことが、今後の成長に向けて必要なことだと思います。

今回対戦するフランスもブラジルもワールドカップの決勝に行かない方がサプライズという時期がありました。ジダンやデシャンがユベントスに居た時期とフランスが強くなった時期が重なったために「フランスを強くしたのはイタリアだ」という人もいます。確かにジダンがユベントスにいたころのセリエAは世界最強のリーグでしたから、フランスの選手たちの成長を促した部分はあったと思います。セリエAで失敗して他国のリーグで成功する選手はいても、その逆はないという、美しくはないけれど、世界で一番難しいリーグではありましたから。しかし、それはあくまでも副次的なことで、フランスが強くなった真因はユース世代の育成に投資した成果でしょう。アカデミーにしっかりとした指導者を置いて、強化を図ることが10年後に花開いたと私は思っています。

フランス、ブラジルとの一戦がどうなるかを予想することは相手の出方に左右される部分があるのでなかなか難しい。どんな選手を向こうが出してくるかで中身は変わります。私としては非常に鍵になる試合だと思って選手にアプローチさせるつもりです。個々の選手がどういうコンディションにあるか見極めると同時に、我々のクオリティー、我々が求めているバランスが、一級品の相手にどこまで通用するかも見たい。フランスやブラジルのような強いパーソナリティーを持ったチームに、こちらもどれだけ我を張れるか。ホームと同じようにアウェーでも日本がパーソナリティーを主張できたら、それは目に見えて分かる成長の証しになると思います。

9月11日のイラクとのワールドカップ最終予選を1-0で勝った日本はグループBの首位を勝ち点10でキープしています。2位ヨルダンには勝ち点で6差つけていますが、日程はちょうど半分を折り返したところ。残り4試合のうち、3試合は厳しいアウェーの戦いが待っていますから、まだまだ安心できないし油断もしていません。イラク戦を終えた時点で、日本代表は私が初采配を振るってから26試合で51得点を挙げています。失点は13。日本代表の監督に就任してから、チームのコンセプトとして掲げたことに変わりはありません。「バランスと勇気を持ってサッカーをする」ということ。そのコンセプトに照らせば、チームは常に勇気を持って攻め、チャンスを作り出してくれています。失点の少なさは攻めながら全体のバランスにも気を配れている証拠でしょう。そこはまったく不安視していません。ただ、作り出したチャンスとゴールの数が釣り合っているかというと、そうでもない。26試合で51得点という数字だけ見れば、かなり攻撃力のあるチームと思われるでしょうが、私は満足していません。日本代表が実際に試合中にどれだけのチャンスを作り出しているか、知っているからです。

決定力が気になるのは、これからは自分たちより格上とされる相手とぶつかることが増えるからです。そういう相手にはチャンスすらなかなか作れないかもしれない。「いつでも点は取れる」という試合はどんどん減っていきますから、もっともっとゴール前の精度を高めなければなりません。日本の選手のゴール前の技術が足りないとは思っていません。技術より「絶対にオレがここで決める」という意識、気迫の問題だと私はにらんでいます。ゴール前であらわになるものがあるとしたら、その選手のサッカーに取り組む日常の姿勢ではないでしょうか。私の祖国イタリアは、日本とは逆に、数少ない少ないチャンスをしっかりモノにする国です。自国のリーグがかなり守備的なため、作り出せるチャンスの数自体が少ない。その少ないチャンスをいかに集中してゴールに変えるか。大げさではなく、そこにチームの命運がかかり、人生の分かれ道になることも多いですから、ごく自然に決定力が鍛えられるのでしょう。

欧州では攻撃と守備の比率は3:7、4:6というようなチームが普通にあります。そういう相手と戦うチームは攻守の比率が7:3、6:4になるかというと決してそうではありません。相手も3:7、4:6という比率で戦うので、互いに腰が引けたような試合になりがちです。そうなるとマイボールにして攻撃に転じるスタートポジションはどうしても低くなる。相手ゴールまでなかなかたどり着けないのは理の当然でしょう。私のチームはそういう姿勢は取りません。常に主導権を握りにいって多くのチャンスを作ることを目指しています。とはいえ、勝負事には力関係が常につきまといます。地力が劣る場合もあれば、たまたま調子が悪くてその試合だけ力が発揮できないケースもあります。いずれにしても、押されるケースの試合では当然チャンスの数は減りますから、そんな試合でも勝とうと思ったら少ないチャンスを確実に決めないといけない。FWにとってそれは絶対的な使命といえます。

今、私は欧州で選手を視察する真っ最中です。視察の目的は選手のコンディションの把握がメインです。4試合を残すワールドカップ最終予選で最終節に試合がないのは日本だけなので、1試合でも早く本大会出場を決めたいと思っています。だからこそタフなアウェーゲームを戦い抜ける選手をしっかり精査しておかなければなりません。本音をいえば、欧州にいる選手には1人でも多く、1試合でも多く、試合に出てほしいと祈っています。試合に出続ければ当然、コンディションは高くに保たれます。そういうふうに書くと、これを読んでくださっている方は「だったら試合に出てない選手は使わなければいいじゃない」と思うことでしょう。しかし、事は必ずしもそう単純ではないのです。

日本代表クラスの選手になると誰もが地力はあります。そして代表の練習に参加すると試合で使われたいので、ぐっと集中力を高めて一つ一つのメニューに取り組みます。そうすると、練習では、マイナス材料もかなりの部分が覆い隠されてしまいます。結局、トレーニングでは選手の状態の本当のところは見極められないものなのです。ですから、イタリアではこういう言い方をします。「試合は最良のウソ発見器」。練習では隠しとおせたものも、試合になると、すべてが白日の下にさらされる。試合を見ればその選手がすべて分かる、という意味です。逆にいえば、試合にはそれだけの価値があるのですから、いつだって、どんな試合だって真剣にやらないと面白くなりません。だから私はフレンドリーマッチという言葉が好きではないのです。試合はいつも100%でするもの。フレンドリーとかテストとか分ける言葉はいらない。試合は試合。それでいいのではないでしょうか。

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