ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.192012.11.05 UP DATE「欧州遠征でつかんだもの」

10月のヨーロッパ遠征はとても有意義なものになりました。結果はご存じのとおり、12日のフランス戦は1―0で勝ち、16日のブラジル戦は0―4で敗れました。勝ったフランス戦は良くて、負けたブラジル戦は悪かった、という単純な思考ではチームを作る仕事はできません。試合の中で何が起き、何ができて、何ができなかったのか。その理由は何なのか。その分析自体は、勝ち負けという“色眼鏡”を外して冷静に行わなければならないのです。もともと、今回のツアーは結果より内容を重視していました。フレンドリーマッチだからこそ、できるトライがあると思っていました。正面切って全力でぶつかることで自分たちのプレーが今の時点でどこまで通用するか見てみたかったのです。

反省点を先に述べるなら、2試合とも気持ちの面で少し問題があったように思います。アウェーのサンドニに乗り込んだフランス戦は試合へのアプローチに消極的な姿を見せてしまいました。あまりにシャイでした。中立地のポーランド・ヴロツワフで戦ったブラジル戦はフレンドリーマッチの気分に傾き過ぎたように思います。2年後のワールドカップのホスト国として予選を免除されているブラジルは、どの試合もワールドカップ予選のつもりで真剣に取り組んでいます。日本戦もそうでした。そういう相手に対して日本は隙のある戦い方をしてしまいました。

ブラジル戦は、サイドにボールを散らして基点を作り、そこから仕掛けるゲームプランを立てていました。しかし、早々に失点してしまったこともあり、早く追いつこうという焦りから、どんどん中へ、中へと入り込んでしまった。「何とかして同点に追いつこう」という気持ちの強さが今回は悪い方向に出てしまった気がします。アジアで戦っていると日本が前半のうちに2点のビハインドを追うという状況にはなかなかなりません。追いかける立場に慣れていないのでしょう。そういう時こそ、当初のプランどおりに攻めを構築し、1点ずつ粘り強く返していくということをチームに植え付けていきたいと思います。

収穫もありました。日本にボールがオンのときは、どんなチームが相手でもある程度のチャンスを作れる手応えをつかみました。ボールがオフのときも守備に関してはそれほど崩されたとは実は思っていません。ブラジルは伝統的にゴール前でフリーになってシュートを打てる選手を作るのがとても上手な国ですが、そういうチャンスを与えることはほとんどなかったように思います。日本のDF陣は世界のトップと渡り合える力を着実につけてきていると思いました。

フランス戦は前半と後半で別人のようになりました。前半シャイだったのは、チームとしてのアウェーの経験値の少なさが出たのでしょう。試合の進め方にもフランス戦は問題がありました。今回、選手たちも痛感したと思うのですが、インターナショナルのレベルでは足元、足元にパスをつないでいると、どんどんプレスの的にされるのです。プレスをかけられ、頭が下がってパスの距離がどんどん短くなり、狭いスペースに押し込まれたところでフランスの屈強な選手達のフィジカルの力に押しつぶされる。そういう悪循環から前半はなかなか抜け出せませんでした。

日本の一番の良さは広めのスペースに複数の選手が入り込んで、スピードとテクニックを兼備した攻撃を連動して仕掛けていくことにあると私は思っています。そういう攻撃を実現する方法の一つがDF陣の背後へのチョイスを持つことです。タイミング良く裏に飛び出してスペースでボールを受ける。それを繰り返すことで相手のDFラインを下げさせ、DFラインとMFの間のスペースも拡張する。日本のスピードとテクニックが生きてくる。後半、日本の攻めが活性化したのは、そういう動きを入れていったからです。フランスのDF陣が前だけをケアしていればすんだ前半は完全にフランスのペースでした。しかし、裏へのチョイスを味方に与えた後半は相手のラインが下がり始めました。前半はほぼ攻撃に専念できたフランスは後半、裏をケアする必要に迫られるうちに陣形が間延びし始めました。そうやって崩れた後はどちらが勝ってもおかしくない展開になり、勇気を持ってプレーした日本が土壇場で勝利をもぎ取りました。裏へのチョイスはチーム全体の意識として求めていることです。フランスのセンターバックはどちらも前には強いけれど、裏には決して強くはありませんでした。だからこそ余計に、足元で受けて背負うより、裏のスペースを突いて受ける回数を前半のうちから増やしてほしかったと思うのです。

ブラジル戦の後、私が記者会見で使った「最高到達点」という言葉の真意を説明しておきましょう。私が「見えている」と語った最高到達点とは決して2年後のワールドカップにおける成績のことではありません。ワールドカップの結果はそれこそ「神のみぞ知る」ところであり、人知で読めるものではありません。大会に入れば、PKやオウンゴールといった幸運、不運にも見舞われます。私のいう最高到達点とは、2年後の日本代表がワールドカップでどういうふうにプレーしているか、どういうプレーをしなければならないか、そのイメージは頭の中にしっかりできているということです。そのプレーを90分間フルに、とはいわないまでも、70―80分は安定して出せるようにしたいと思っています。そういうチームに成長させるには、今回のように、アウェーでの強豪とのマッチアップを継続的に繰り返していくことが大事になるでしょう。選手たちは大きな糧を得たと思います。フランス戦のようなナイーブな立ち上がりをしては前半で試合が終わってしまいかねないこと。リードされたときに焦らずにどうやって追い上げていくか。それぞれがそれぞれに感じたことがあるはずです。今回浮き彫りになった課題を一つ一つ、克服していかなければなりません。 ブラジルに敗れたことで、今後は守備的な要素も採り入れていくべきだ、という見方もあるのかもしれません。私は、日本サッカーの未来の結果を左右する要因が大きく分けて2つあると思っています。一つはそろえたタレントを、いかに良好なコンディションで試合に臨ませることができるか。もう一つは、先ほども述べた、スペースにいかにボールを運び、スピードとテクニックを兼ね備えた攻撃ができるか、ということです。日本は、相手に主導権を握られた(握らせた)状態で受けて戦うとか、力をセーブしながら勝つ、というスタイルは似合わないと思うのです。常に120%の力を出し切って攻め切って勝つチーム。それが日本ではないでしょうか。そうなるにはまだまだパフォーマンスに波がある。それを安定かつ継続して力を出せるようにするのが私の仕事だと思っています。

さて、11月14日にはワールドカップアジア最終予選のオマーン戦がアウェーのマスカットであります。今年最後の代表戦になります。ここにきて、香川のケガというニュースが入ってきました。香川が今回は不参加でもそれでチームが崩れることはないと確信しています。日本には非常にいい選手がそろっています。それよりも悩ましいのはマスカットの環境でしょう。芝の状態等いろいろありますが、特に今回は最高で30度近くになるという気温が一番心配です。暑いところから寒いところに行くより、寒いところから暑いところに行く方が環境対応に時間がかかります。特に欧州組は今回、試合直前の合流になるので、既に十分に寒いドイツやイギリスから来る選手はマスカットの暑さに相当苦しむと思います。

6月の埼玉スタジアムでの試合は3―0で勝ちました。日本に出端をくじかれた格好のオマーンですが、その後は1勝2分けで負けていません。引き分けた試合も勝ちに近い内容でした。ホームでの戦いは特に強く、3次予選ではオーストラリアにも1―0で勝っています。オーストラリア、ヨルダン、イラクと比べても、今現在で一番調子が良いのはオマーンだと見ています。埼玉では守りに傾注しましたが、今回はそこに鋭いカウンターを加味してくることでしょう。オマーンのカウンターをしっかり想定しながら、過小評価もせずに、しかし、スペースにボールを運んでゴールに迫る自分たちの戦いをやり抜くつもりでいます。集中力と強い意志を持って試合に臨ませるつもりです。オマーンに勝てばブラジル行きに大きく前進します。皆さんに喜んでもらえる形で2012年を締めたいと思っています。

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