ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.202012.11.28 UP DATE「オマーン戦を振り返って」

今年最後の代表戦となったオマーンとのワールドカップ・アジア最終予選は難しい状況で行われたゲームでした。まず、試合が行われたオマーンの首都マスカットの11月の気候と日本選手の過半が暮らす欧州の気候との、あまりの違いがありました。ロシアのモスクワを生活のベースにする本田圭佑などは氷点下の極寒の地から気温35度の砂漠の国に来て、試合をするわけです。本田の場合、事前キャンプ地のカタール・ドーハには試合3日前の11月11日夜に到着しましたが、そういう悪条件が試合にどういう影響を及ぼすのか。把握に努めながらも読み切ることは難しい作業でした。他の欧州組も事情は同じでした。気候への適応という点では今回は11月8日に日本を発ち、9日から事前キャンプを張った国内組の方にアドバンテージがあったと思います。一方で欧州組は今回、飛行機移動の長旅の疲れ、時差ぼけの問題は小さかった。欧州からの距離を考えると日本よりオマーンの方が断然近いですから。このように試合前の選手のコンディション一つとっても状況は複雑でした。

試合が始まってからも私の頭の中は幾つものアイディアが浮かんでは消え、それに対する回答を求めてめまぐるしく脳を回転させていました。観察していたのは流れの中でのチームの戦う姿勢の変化でした。選手交代で私が最初に打った手は64分に前田遼一を下げて酒井高徳を入れることでした。酒井高の投入と同時に長友佑都を1列前に上げ、左の岡崎慎司を右に回し、右の清武をトップ下、トップ下の本田を前田が居た前線に上げました。このときは同点を狙ったオマーンが前がかりになる状況が予想されました。攻め込まれる回数が増えたとき、センターフォワードの選手が前線でボールをキープして味方に回復の時間を少しでも与えてくれると助かります。そういう体を張った仕事はチームで一番パワーのある本田が適任だと考えたのでした。

同時に左サイドの攻撃をリフレッシュする狙いもありました。酒井高は攻撃参加が得意ですし、長友も1対1に強い。実はスカウティングの結果、オマーンは右サイド(日本から見て左サイド)の守りに穴があることは試合前から分かっていました。レギュラーの右サイドバックが出場停止で、代わりに入る選手も、右サイドの中盤の選手もマークをずらしてしまうという情報を得ていました。フレッシュな酒井高、イニシアチブを果敢に取る長友がオマーンの右サイドを崩すことはかなりの確信がありました。実際、長友も酒井高もいい仕事をしてくれたと思います。本職のアタッカーを入れるのではなく、なぜ長友を1列前に上げたのか。答えはこうです。チームとしての判断力が優れていて相手陣内に楽々と入り、高い位置まで簡単にボールが運べる状況ならそれでも良かった。しかし、オマーン戦はそうではなかった。相手陣内に入っていくのもいっぱい、いっぱいでした。そういう状況では長友のような推進力のある選手の方がいい。現在の長友はコンディションも素晴らしくいい。そういうところも最大限に活用しようとしたのです。

後半の途中まではゴールは日本からしか生まれない展開だったと思います。オマーンの数回の仕掛けに難なく対応していましたから。ところが、77分にFKを決められて失点したのは日本でした。あの形でしかオマーンは得点できなかったと思いますし、あそこから試合も顔を変えました。どんなチームにもいえることですが、リードしていた試合を追いつかれたとき、そこからはしばらくデリケートな時間が続くものです。どんなにタフなチームでも失点のショックはしばらく尾を引きます。そんなとき、相手はどう出てくるか。私の見たところ、オマーンはスタンドこそ逆転を求めて沸いていましたが、ピッチ上の選手は必ずしも勝ちにくる姿勢を見せていないように感じました。むしろ、最初は引いて守ることだけを考えてコンパクトに戦っていたのに、同点にしてからチームとして間延びした印象を受けました。
同点にされたのは77分でしたが、その後引いて守ると相手に攻め込まれるリスクも高まる。そうなると出会い頭に何が起こるか分かりません。かえって危険なことになります。 私はさらに攻めの圧力を強める方法を考えました。その手が、疲れの見え始めた清武に代えて細貝萌を入れ、ボランチの遠藤保仁を1列前のトップ下に上げることでした。それはオマーンの中盤の守りの弱体化を見てとってのことでもありました。それまでオマーンは2人のMFとアンカーボランチが連係して中盤のスペースを埋めていました。しかし、時間の経過とともに彼らも疲れたのでしょう。バイタルエリアを守る選手に対する2人のMFのヘルプがどんどん弱まっていったのです。裏返せば、遠藤が決定的なパスを通せる下地が整いつつありました。

選手交代とそれに伴う配置転換を整理すると、暑さのために連動した動きにもいつものスピードがなく、バイタルエリアにスムーズに入っていけない状況を打開するために個の力でパスを受け、キープできる本田をトップに上げ、酒井高と長友で相手の弱点の左サイドを食い破る。向こうの中盤のアクティビティの低下を見て取って決定的なパスを出せる遠藤をトップ下に置き、左サイドで崩しの仕事を担ってもらった岡崎は後半途中から右サイドに回してゴールを狙わせる。私としては打つべき手を打ったつもりでした。 後半、やや個の力に頼った攻めが多かったという見方もあるようですが、私個人はそうは思っていません。ある程度、仕方のないことだと思っています。テンポアップして連動して攻めるのは日本の身上ですが、暑さでそれがスムーズにできないとき、数的優位を作ろうとしたら目の前の相手をドリブルでかわすしかなかったのだと思います。かわそうとしたら暑さで体がいつものように動かず、ボールを奪い返される。そんなサイクルにはまってしまったのだと思います。

過酷なアウェーの試練を乗り越えてワールドカップ出場に向けて大きく前進した、とオマーン戦についてよく言われますが、私にはそれほどの実感はありません。大きな一歩というのなら、私にとっては予選のすべての試合がそうです。6月にオマーン、ヨルダンに連勝したのも大きな一歩でしたし、オーストラリアとの納得のいかない引き分けも今から思うと大きな一歩でした。9月にホームでイラクを1‐0で叩けたことも素晴らしく値打ちのあることでした。イラクは優れたタレントがいて、戦力的にはオーストラリアとともにグループ最大のライバルだと実は思っていました。イラク戦はちょうど最終予選の折り返し地点でもありました。折り返した後の4試合は3試合がアウェー。そういう難局を乗り切る上でイラク戦の勝利は大きなアドバンテージを私たちにもたらしてくれました。  イラク戦はまた3人のディフェンダーが出場停止で、試合直前には香川真司の腰痛離脱という追い打ちもありました。そういう状況で結果を出したことはメンタル面で選手に大きな自信を与えたと思います。

3次予選も最終予選も主力と思しき選手を欠きながらでも結果を残してきました。選手が入れ替わって結果が出ないと、そこだけに敗因がフォーカスされる傾向があります。「○○がいないと勝てない」などと。それはチームにとって不健全なこと。今の代表はそんな論調にさらされることはありません。6月のホームゲームは試合前の準備を入念に積んで素晴らしい内容で勝ちました。オマーン戦は様々な困難な状況を乗り越えて競り勝ちました。私が目指しているのはまさにそういうチームです。どんな相手でも、どんなタイプでも、どんな環境でも、どんな試合の流れになろうとも、最終的には勝利を手繰り寄せているチーム。どんなに苦しくても絶対に勝利をあきらめず、最後まで戦い抜くチーム、緩めないチーム。そんな可能性をオマーン戦の日本から皆さんも感じとってくれたのではないでしょうか。

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