2013.5.22 UP DATE「鉄に触る」
3月26日のヨルダンとのワールドカップ・アジア最終予選は残念ながらアウェーのアンマンで1‐2で敗れ、ブラジル本大会への出場を決定することができませんでした。ヨルダン戦から得た教訓をしっかりと次の試合に生かしていくことが私の仕事です。過去の試合を分析することは、皆さんとともに日本のサッカーを考えるテキストにもなるので、いずれ機会をみてヨルダン戦を振り返ってみたいと思います。
日本はこれまで4大会連続でワールドカップに出場していますが、ホームで出場を決めたことは一度もない。ヨルダンに負けたことでそういう機会が訪れた。チケットはすごい倍率に膨らんで完売。サポーターの皆さんは埼玉スタジアムが最高の祝祭空間になることを期待している。そういう話は否応なく私の耳にも届いています。こういうとき、一般的にイタリアでは「鉄に触る」という行為をします。手に入るはずのチャンスが先に口に出してしまうことで逃げていった、というようなことは人生でよくありますよね。まだ手にしていないのに手に入ったようにニンマリする、そういう自分に気付いたとき、戒めの気持ちも込めて身近な鉄製のモノに触れてチャンスが逃げないようにするのです。一種のおまじないみたいなものだと考えているのでしょう。
言うまでもなく、オーストラリア戦は簡単な試合ではありません。現時点でグループ3位のオーストラリアは自動的にワールドカップ出場権を獲得できる2位以上を目指して死に物狂いの戦いを仕掛けてくるでしょう。背水のオーストラリアに対しては、こちらも完璧に近い準備をして迎え撃たなければなりません。昨年の6月、日本はオマーンとヨルダンをホームで撃破し、アジア最終予選を最高の形でスタートできました。準備期間をしっかり取れたことが成功の理由でした。優勝した2011年1月のアジアカップを除くと、チームとして一番長く一緒に時間を過ごせましたし、心身のコンディションを整えることもチームのコンセプトを浸透させることもできました。それが9月までの最初の4試合のうち、ホームの3試合をきっちり白星につなげる原動力になったとも思っています。
同じ6月でもその準備について今回はかなり状況が違います。例えば、6月1日にはドイツやロシアでカップ戦決勝が行われ、岡崎慎司や酒井高徳、本田圭佑を選んだ場合は、その試合を終えてからでないとチームに合流できません。集合から試合までの日数があまりにも短い上に長旅の疲れ、時差もある。サッカーがスポーツである以上、コンディションは極めて重要な要素になります。トップフォームではなくても真っ当にサッカーができるくらいのコンディションは最低限持たせないとゲームになりません。
私が招集のタイミングを気にかけるのは体調面だけが理由ではありません。各クラブに散らばった選手を代表のスタイルにアジャストさせるには、それ相応の時間がかかるからです。クラブでの役割と代表での役割が似ていればいいですが、選手によっては私が代表で要求することとはかけ離れた仕事に従事している選手もいます。そこで染みついたものを代表に来て1、2日で抜いてくれといっても簡単なことではありません。体調、チーム戦術へのアジャストに加えて、オーストラリア戦で気になっているのは周囲に漂う、数字上はもうワールドカップ出場を決めたのも同然という緩んだ空気です。「決めたのも同然」と「決めた」は違うにもかかわらず。
最終予選の組み合わせが決まり、このカレンダーが出てきたときから、一番のライバルはオーストラリアだと思ってきました。いつ対戦しても常に拮抗したゲームになる、最大限に敬意を払うべきチームだと。そんな相手とワールドカップ出場をかけてぶつかるのですから、チャンピオンズリーグ決勝と同じ気持ちで臨まなければなりません。私が監督に就任してから最も重要な試合と断言できます。オーストラリアと日本ではスタイルに大きな違いがあり、向こうのストロングスタイルに対し、われわれが技術力を前面に出して戦うのは変わりません。とはいえ、最低限、相手と同じ集中力、気迫、相手を上回るワールドカップへの思いがベースになければ、技術力を発揮することもできないと思っています。
ですから、選手やスタッフの頭の中に緩んだ空気が混入することは最小単位でも許さないつもりです。オーストラリア戦に向けて選手が集まったら、ヨルダン戦をあの内容で勝てなかったこと、チャンスをものにできなかったこと、そしてこの時点でワールドカップ出場が決まっていないことに私がどれだけ怒っているかを伝えるつもりです。この3年間でベストマッチといわれるものをオーストラリア相手にやる覚悟を持たせたいと思っています。1年前の今ごろ振り返るとホーム2連勝を至上命令とした中で選手は見事にその期待にこたえてくれました。すごいプレッシャーかかっていたからこそ、あのようなサッカーができたのだと思います。今回必要なのもあのようなプレッシャーではないでしょうか。スタジアムに足を運ばれる方も、テレビの前で応援される方も、出場を祝おうとする気持ちはひとまずしまって、チームを熱く激しくプッシュしてほしいと思います。楽観や慢心がもたげそうになったら……、そうですね、皆さんも身近にある〝鉄〟に触れてみてはいかがでしょうか。