ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.272013.7.20 UP DATE「東アジアカップ」

7月20日から28日まで韓国で東アジアカップが開催されます。今回、国際マッチカレンダーで定められた期間ではないことに加え、新シーズンに向けたキャンプが始まっているために、海外のクラブに所属する選手達には声をかけませんでした。代表の試合をするには実は困った時期なのですが、そういうタイミングを逆手にとって「こういう時でないと、なかなか呼べない」選手に今回は声をかけました。23人のうち、代表初招集は7人。「こういう若い選手をもっと早く呼んで欲しかった」という意見もあるようですが、未知の戦力の招集には慎重であれ、というのはどこの国の代表監督も同じだと思います。若い選手はパフォーマンスに波があるものです。一度の失敗で「不合格」の烙印を押され、それでつぶれるようなことがあったら元も子もありません。若手を代表に呼んだり、試合に使ったりするときには可能な限り、及第点を残せるような状態のときに呼んでやりたいというのは私のポリシーでもあります。

本当は手元に置いて見たい選手はもっともっといました。しかし、23人全員を新顔にしたのではチームとしての体を成さない恐れがでてきます。それで、これまでなかなか出場機会がなかった、西川、権田、駒野、栗原、高橋ら常連組も招集しました。彼らには代表のスタイルに対する理解の深さがあります。その分、多くを求めることになりますが、彼らの力を借りながら、新顔の選手やほとんど新顔といっていい選手たちの力量をしっかり測りたいと思っています。日本代表である以上、すべての試合を勝ちにいくのは当然ですが、今回は勝つための方法論をチームに厳しくインプットするつもりはありません。チームは18日に韓国に移動し、21日には初戦の中国戦を戦います。時間がない上に選手同士も初顔合わせの仲間が多いですから、あれもこれもとチームとしての約束事を増やすと、選手がそれに縛られ過ぎて、頭でっかちの消化不良を起こす危険性があります。そうなると彼らが持っている本来の持ち味をも損ねることになりかねません。勝利も選手の能力や個性の見極めもと欲張って、どちらも手に入らない事態に陥るのが今回は一番まずい。せっかく大勢の新戦力を呼んだのですから彼らには伸び伸びとプレーしてほしいと願っています。

勘違いされると困るのは、伸び伸びとプレーするということは個人プレーに走ってもいいよ、ということではありません。かかってくる全員をドリブルで抜き去れるのなら話は別ですが、日本の選手が持ち味を発揮できるときは、全員が程良い距離感とポジショニングで相互に好影響を及ぼし合いながらプレーできているときです。どんな選手達の組み合わせであろうと不変の真実でしょう。ですから今回の東アジアカップでもチームとしての最低限のコンセプトは押さえながら戦ってもらうつもりです。サッカーという競技はあくまでもチームスポーツです。チームとしてのフレームがしっかりあってこそ個人技も生かしやすくなる。私の役目も、新しく呼ばれた選手たちが普段のJリーグで見せているようなプレーを代表でも見せてくれるように、少しでもやりやすい環境を短い準備時間の中で構築することになるのでしょう。

システムについて今回は3バックはやる気はありません。私に関する情報で間違っていることの一つに「ザックはイタリア時代から3バックに固執してきた」ということがあります。イタリア時代、私が3バックを採用したのはウディネーゼ、ACミランの指揮を採ったときだけでした。インテル・ミラノの監督だったときは最初の7試合を3バックで戦い、6勝しましたが、このシステムに欠かせない選手が負傷でいなくなってからは4―4―2で戦い続けたものです。3バックがオプションとして私の頭にあるのは確かですが、日本でも来年のワールドカップまでに完成度を高めることができれば使うこともあるでしょうし、使うにはリスクが大きすぎると見極めればしまったままになるかもしれません。私が日本の3―4―3に可能性を感じているのは長友、内田、酒井宏、酒井高らサイドのユーティリティープレーヤーがたくさんいるからです。彼らのスタートポジションをサイドバックより20メートル高い位置に置けたら、それだけアグレッシブなサッカーができる。そう思うからです。しかし、いくら頭でそう思い描いても、現実がそれに追いつかないのであれば、導入は難しい。システムは常に一長一短があり、「これをやっていれば勝てる」という不変、普遍のシステムなどありません。あれば、どの監督もそれを採用していることでしょう。システムとはあくまでも選手の能力を最大限に引き出すためのものであり、システムに固執して選手を従属させてはならないとも思っています。そういうことを踏まえた上で私なりに試行錯誤しているつもりです。

3年前の就任会見でも明らかにしたように、私が日本に来た目的は、日本をワールドカップに出場させること、日本サッカーをさらなる成長へと導くことです。ワールドカップ出場を決定させた今、私のターゲットはこの1年で日本代表をどれだけ伸ばすことができるかに絞られています。ここから私が起こすアクションのすべてはワールドカップに向けていかに良い準備をしていくかに、つながるものだと思ってくださってかまいません。日本代表を成長させるために二兎をあえて追わず、一兔だけに狙いを絞ることもあるでしょう。イタリア代表のプランデリ監督も選手の発掘と成長を促すために7試合のテストマッチのうち6試合に負けたことがあります。私もここからはそういう代償を伴うアプローチをするかもしれません。

これまでの道のりを振り返ると、チームとしての大きな変革は2年前のアジアカップで最初になされました。南アフリカのワールドカップではバックアップメンバーだった香川やサブ組だった岡崎、今野、メンバー外だった前田、吉田らを戦力化できました。そのメンバーたちをさらに熟成させることをこれまでは優先してきましたが、ワールドカップ出場を決め、コンフェデレーションズカップを終えたここからは、来年のワールドカップで力を発揮できる選手、代表チームに力を貸してくれる選手をもう一度冷静に選び直したいと思っています。選考レースの軸にこの3年間のメンバーがなるのは間違いない。そもそもワールドカップに行けるのは彼らのおかげですし、代表のやり方に習熟しているアドバンテージもあるのですから。彼らを追い抜くにはそれ相応の覚悟とクオリティーが必要になります。同程度では彼らのアドバンテージに譲ってしまいます。しかし、すでにいるメンバーをチームの骨格と考えながら、時代は、物事は、絶えず変化していく、とも私は認識しています。

私が興味を引かれるのは成長する選手ではありません。成長を続けられる選手です。成長を続けられる選手だけが頂上にたどり着ける可能性があり、成長を続けられる選手だけがチームをより高みへと押し上げることができるからです。私は待ち望んでいます。才能と向上心を持ち合わせ、代表に来ることを喜びとする、チームの和を乱さない精神の持ち主を。東アジアカップはそんな新しい力の発見と競争の再スタートの場となります。ここからもう一段、熾烈な代表争いが巻き起こることを期待しています。

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