ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.332014.1.29 UP DATE「4年目の私の日本」

日本での仕事も4年目に入り、来日当初に比べると、さすがに大きな発見や驚きは少なくなりました。そういう意味では日本の生活に慣れたのでしょう。ただ、いまだに食に関しては発見が残っている気がします。すし、刺身、ソバ、とんかつなどに続いて昨年、私のお気に入りリストに入ったものが幾つかあります。たとえば、しゃぶしゃぶ。肉だけではなく魚介類にもトライしましたが、シーズンの時期のカニしゃぶはとても美味でした。鍋物は日本の冬の定番だそうですが、一つの鍋を大勢で共有することもまったく抵抗はありませんでした。お好み焼きも最近食べたものの中では印象に残っています。ピザと比べてどう思うかと聞かれると答えに窮しますが、とにかく、日本ではどこに行っても、その土地と結びついたおいしいものが食べられることに感心します。ヨーロッパでは必ずしもそうはいきませんからね。日本では駅の中でもおいしいものが食べられる。東京駅などそうですよね。イタリア人にとっては駅においしい食べ物があるなんて信じられないことです。そんなとき、日本人の食に対する貪欲さはイタリア人より強いのではないか、と思ってしまいます。近ごろは飛行機の移動で機内食のメニューが配られると、和食のメニューを見ても書かれた文字だけでどんなものが出てくるか予想がつくようになりました。気のせいか、洋食より和食の方がバラエティーに富んでいるように感じられ、和食を進んでチョイスすることもあります。

私の食への関心の深さは家業と関係があるのかもしれません。我が一家は父の代からチェゼナティコでホテルやレストランを営み、現在は私の息子が切り盛りしています。昨年11月のベルギー遠征の後、妻と息子が来日し日本国内を旅して帰りましたが、滞在中はあちこちのレストランをみんなで食べ歩きしました。私の行きつけの店だけではなく、新規開拓が得意な息子に引っ張られて初めて訪ねた店も多くありました。妻は日本滞在をリラックスして大いに楽しみ、息子は仕事の参考になることも見つけたようでした。

日本とイタリアの食文化を似ているとはあまり思いません。日本にはインスタント食品もおいしいものがたくさんありますが、イタリア人はパスタにしてもピザにしても手作りにこだわり、ひと手間自分なりの工夫を加えて食べようとします。特に101種類あるといわれるパスタは、できあがりまでに工夫と情熱を注ぎ込みます。イタリア人のクリエイティビティというか遊び心が最大限に発揮されるところかもしれません。

イタリア人は日本料理が好き、日本人もイタリア料理が好き、ということに思いをはせると、食に関する感性は似てないようで響き合う何かがあるような気もします。学術的なことはよく分かりませんが、パスタとかソバとかラーメンとか「麺好き」というくくりはある気がします。日本の麺の中ではソバがやはり好きですね。温かいのも冷たいのも本当においしい。特にお気に入りは盛りソバです。天ざるもいい。エビ天が二つもあれば十分です。外国人はズルズル音を立ててソバを食べる日本人を見て、びっくりするといわれますが、事前に情報を得ていたので驚いたのは最初だけでした。それに音を立てて食べるのは不作法だからではなく、日本人は熱いものを熱いまま食べるのが好きなので、麺と一緒に空気を吸い込んで冷ましながら食べるからだと分析しているのですが、違っていますか?

食の話をすれば、衣や住の話もした方がいいのでしょう。衣服に関してはイタリア、日本で買うことが半々くらいです。日本では銀座で買い物することが多いです。ショッピングに時間はかけず、即決するタイプです。ワイシャツは白が好き。それ以外のものは、夏は明るい色を好み、秋冬は落ち着いた色が中心になりますが、常に青は入れるようにしています。青色が好き、というとイタリアのアッズーリ、日本代表のサムライブルーを連想されるかもしれませんが、サッカーに関係なく、もともと青が好きなのです。家ではどんなことをして過ごしているかというと、やはり仕事にほとんどの時間を取られますね。食事はすべて外食なので食べることに時間を費やすことはありません。外で食事をするときは人の多いところに出かけます。生まれ育った町がにぎやかなリゾート地なので、人いきれでむっとするような、にぎわいのある場所が性に合います。そういう意味でも東京は大満足ですね。意外に思われるかもしれませんが、森や林に囲まれた閑静な場所で物思いにふけるタイプではありません。

新しい戦術のバリエーション、さらなる攻守のオプション、これまでと違った何かができないか、そのために必要な選手とは。家にいても頭の中はそんなことがぐるぐる渦巻いている感じです。日本代表に関する、そういった諸々のことを考えていると時間はあっという間に経ってしまいます。テレビの生放送でブンデスリーガ、セリエA、イングランドのプレミアリーグなど海外の試合をチェックしたり、週末に見に行けなかったJリーグの他の試合を観たりします。サッカー以外の番組を観ることはあまりありません。リラックスしたいときはインターネットのサービスを利用して映画を見たりします。イタリア語の字幕付きで世界中のあらゆる映画を鑑賞できるのですから便利になったものです。そういうことは協会の方たちがしっかり手配してくれています。

映画はノンフィクションが好きです。歴史物や実際に起きた出来事を基にした作品です。SFやホラー映画はどうも……。好きな俳優は特にいません。好きな俳優が出演さえしていればそれで満足というより、脚本を重視し、作品そのものの出来不出来が気になるタイプなのです。音楽もそうです。誰が歌っているか、ということより、メロディーや歌われている詞の中身の方が重要です。最近、観た映画では「Emperor」(邦題『終戦のエンペラー』)という作品に強いインパクトを受けました。終戦直後の日本に占領軍としてやって来たアメリカとそれを受け入れざるを得なかった日本が衝突や葛藤、相互理解を経て、どうやって新しい道に踏み出していったか。当時の状況が日本人の姿、考え方も含めて詳細にと描かれ、リアリティーと共感を持って受けとめることができました。映画で描かれた当時の日本人と今を生きる日本人との間にどこまでの隔たりがあるのか私には詳しくは分かりません。終戦後の焦土から著しい経済的発展を遂げた日本がその再生の過程でどんどん新しい思考や視点、西洋的な様式を取り入れてきたのは確かなのでしょう。そうすることでシェアを拡大し、現在の豊かさを獲得できたのだと思います。しかし、その一方で昔も今も変わらない、日本や日本人だけが持っている精神のようなものは少なからず残っているように感じます。あくまでも外から来て、見ている人間の意見でしかありませんが、私には映画の中の日本人と現在の日本人がそんなにかけ離れているようには思えませんでした。

私には、伝統的なものを好ましいと思う感情が人より多くあるようで、伝統を重んじながら同時に新しさも求める日本人の暮らしぶりはいいなと思っています。海の向こうからやって来て日本や東京の素晴らしさを評価するのは、都会だからとか、モダンな建造物がすごいとかではなくて、そんな日本人との触れ合いそのものから湧き出る感情のような気がしています。

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