今日は日本代表のアルベルト・ザッケローニ監督をお招きしての対談ということなのですが、キリングループと日本サッカーとのお付き合いというのは本当に古くからのものなのですよね。 |
日本サッカー協会も以前は、我々と同じくこの原宿に事務局があったんですよ。ちょうど、この窓から見える岸記念体育館にね。キリングループが日本サッカー協会を支援するようになったのは1978年からです。きっかけは、あの岸記念体育会館から私どもの本社が見える、それで当時の協会役員の方たちが訪ねて来られたんですよ。 |
そんな理由からご縁が始まったんですか。 |
当時のサッカー人気は現在と異なる状況でした。キリンカップ、当初はジャパンカップと言ったのですが、そのチケットを営業が御案内しても誰もが欲しがるわけではありませんでした。 |
78年から単独のスポンサーの大会が続いているとは驚きですね。 |
ええ。去年は南アフリカのワールドカップがあって、スケジュールがタイトでできませんでしたが、今年でキリンカップサッカーは31回目になりました。監督も6月の連戦、お疲れさまでした。 |
何とか勝ちたかったけれど、1日の新潟でのペルー戦も7日の横浜でのチェコ戦も引き分けでした。でも、9月に始まるワールドカップ・ブラジル大会のアジア予選に向けて、強化面において有意義な時間を過ごせたと思っています。 |
具体的にキリンカップを通じて、どんな収穫があったのですか。 |
手許に選手が集まらず、予定していた7月のコパ・アメリカの出場をキャンセルしました。強化にかける時間が大幅に削られた中で、選手とチームの情報量をもっと増やしておきたいと思い、いろいろとトライしてみたのです。具体的には1月のアジアカップを制した4―2―3―1とは別のシステムを試してみたのです。違うシステム、違う戦い方をしたときに選手がどう反応するかを見てみたかった。そのテストの結果までしっかり見られる有意義な場になりました。ワールドカップ予選ともなると相手も日本のことを徹底的に研究してきますから、こちらもそれを上回れるよう“引き出し”を増やしておかなければならないのです。大事なのは成長し続けるということ。アジアカップで優勝したからといって立ち止まるわけにはいきません。あの優勝も通過点に過ぎないのですから。 |
松沢さんは1日の新潟での試合をご覧になったそうですね。どんな感想を持たれましたか。 |
ペルー戦は選手を招集してから試合までの間が短かったですからね。チーム作りが完全にできていない中で、あえて新しいフォーメーション、新しい選手を試しているのが分かりましたよ。試合前にペルー協会の方と話す機会があったのですが、彼らも本気で勝つ気で来ていたし、0―0の引き分けでしたが、日本の選手にも監督にも収穫はあったように思いました。 |
私はチェコ戦を見たのですが、こちらの方はゴールチャンスが結構あって得点が入りそうでした。 |
そうですね。1日のペルー戦の後、7日のチェコ戦まで練習時間を取ることができました。そこで自分たちの問題点や相手の情報なども選手に与えて、次の試合でどう活用するのか、どうコンビネーションを高めていくか、練習の中に落とし込むことができました。その成果を幾つか、見ることができました。 |
全体を通じて安心してゲームを見ていられました。 |
同感です。我々がボールを持っている時の選択肢が増えて、プレーの幅が広がったと思いました。選手は私の要求に応えようとしてくれましたし、実践もできた。ただ、まだまだ「考えながら」やっているレベル。自然に体が動くというオートマチズムにまで高めるにはまだ時間がかかるでしょう。相手のディフェンダーの裏を突く、脅かすにはスピードが大切になります。サッカーの完成度を上げるにはそこがまだ足りない。まあ、親善試合と言いながら、チェコもイエローカードを4枚もらうほど激しく本気に守って来ていました。 |
選手の成長を、実際に、どんなときに感じるのですか。 |
選手とのフィーリングが合ってきました。私のサッカー観を理解してくれるようになりました。頭の中で同じ絵を描けるようになってきたというか…。そのために練習も反復トレーニングをやり、練習が終わるとコミュニケーションを深くとることも心がけています。 |
深いコミュニケーションとは、どんなことでしょうか。 |
これについては松沢さんや前田さん、お二方の方が私なんかよりもっとご存じでしょうが、サッカーのチーム作りは、会社やグループ運営と共通点があると思うのです。監督は選手に何かを要求するからには、しっかりその選手を見て評価しなければなりません。自分に何を要求してくるのか、自分をどう評価してくれているのか、で選手も「監督は自分のことを見てくれている・分かってくれている」という判断をします。ここで深いコミュニケーションが成立していれば「監督はきちんとオレのことを見てくれている」という感覚を選手に持たせることができます。 |
企業のトップとして松沢さんは今のお話をどのようにお聞きになりましたか。 |
私もね、強い会社は強いサッカーチームと同じ、という話をよくするんですよ。確かに最後にピッチに立つのは11人かもしれないが、それ以外のメンバーも含めて仲間全員で一緒にやっていく気持ちが大切だし、それぞれがそれぞれの場所で自分のベストを尽くす必要がある。メンバー一人ひとりにそういう気持ちがないと、なかなかいい仕事というのはできるものではない。そういう中でリーダーとかトップがやれることというのもサッカーの監督と同じでね。サッカーの監督というのは、野球の監督のように一挙手一投足までサインを送って動かすことはできないわけでしょう。試合が始まってしまえば主役は選手なわけで。やれることというのは事前の準備と大局で物事を見ながら選手を代えたり、フォーメーションを変えたりすること。 |
まったく同感です。サッカーのチームも企業も、やっていることは“チームスポーツ”ですからね。松沢さんの話ですごく共感できるのは、チーム全員が同じ目標を持ち、同じ方向を向いていることの大切さですよね。よく選手にも話すのです。ディフェンスラインから組み立てのパスが1本、出る。その瞬間にそこからゴールに至るまでの絵がみんなに見えている。そういうサッカーをしよう、そういうチームになろうと。 |
よく見る、ということでいえば、ザッケローニ監督は日本に来てから、ものすごい数の試合を御覧になられていますね。Jリーグの試合を1日ではしごしたり、遠方の試合にもよく出かけておられる。この現場をたくさん踏む姿勢が日本サッカー全体のモチベーションをすごく上げているのではないですか。 |
ありがとうございます。毎週末、私がいろんな試合を見ることで、選手やクラブ関係者のモチベーションが高まってくれるのであれば、こんなにうれしいことはありません。そういうことの積み重ねが成長につながりますから。実際、日本代表はビッククラブの選手だけで編成されるのではなく、すべてのクラブの選手に代表の門戸は開かれていると思っていますから。 |
口にするのは簡単ですが、なかなか難しいことですよね。監督1人に選手は23人いるとして、それぞれに「きちんとオレのことを見てくれている」と思わせるのって。どういうふうにしているのですか。 |
特に秘訣はないのですが、難しいことは確かです。これがクラブなら、そういう面ではやりやすいんですけどね…。クラブでは毎日練習が出来て、毎日選手に会える。だから「今日は彼」「明日はあいつ」と面談を組み立てられる。代表は集まって、すぐ試合をして、解散の繰り返しなので、そういう時間が本当にないんですよ。 |
それだけに本当にキリンカップなどの一試合一試合が貴重な時間になるんですね。 |
そうですね。時間は無駄に出来ませんから、常に目的を定め、そこに向かうという指導をしているつもりです。最終目標はないんです。スポーツの場合、クリアすると次の目標が新たにできるだけですから。その繰り返しで常に上へ、上へと高みを目指して昇っていく。「いい感じで安定してきた、まとまってきた」なんて満足すると、そこからゆっくりと下降が始まるのが我々の生きる世界ですから。常に課題を設定し続けなければならないのです。 |
海外に来て、しかもリーダーとしてその国の人を引っ張っていく。大変、難しいことですよね。 |
就任会見でおっしゃっていましたけど、ザッケローニ監督は「成功は約束しないが、成長は約束する」という言い方をされる。一歩一歩、一日一日、選手をレベルアップさせ、チームをレベルアップさせる、それが自分の仕事だと明確にされているところがすごいと思います。 |
簡単ではないですが、日本を代表するチームの責任の重さを自覚しています。横浜のチェコ戦は火曜日という平日の夜に6万5千人の人が集まりました。これも日本代表への期待の大きさが分かる逸話だと思うのです。日本という国は志が高いといいますか、すべてのセクターでトップを狙う国ですから、そういう意識の高さに合わせてサッカーも伸ばさないといけない。それを押し上げるのは自分の仕事だと思っています。 |