アウテニクア山脈が見守る町で
約1年6カ月ぶりというまとまった雨が一晩中降り続いた翌朝、ジョージの町の上空には快晴が戻ってきていた。だが、陽射しには前日までの強さがない。南アフリカ南部の海岸沿いの町に吹く風は、晩秋から初冬のそれへ確実に姿を変えようとしていた。
やや急激な天候の変化に、ある光景を思い出した。ヨハネスブルグから飛び立ったジョージへ向かう飛行機が南下してウェスタンケープ州の海岸近くに差し掛かった頃、ジョージ市の北側にそびえるアウテニクア山脈とそれに連なるチチカンマ山脈が、海から内陸へ流れこもうとする分厚い雲の波をせき止め、内陸の茶色く乾いた大地と、白い雲が敷き詰められた絨毯のように横たわる沿岸部をくっきりと二分していた。
標高のある山並みが雲を止める自然現象は小学校の理科の時間に習ったと記憶しているが、その現象が理科室の実験用箱庭のように目の前に広がっていた。その雲の海へプロペラ機が吸い込まれるように沈み、上空とはまるで違う曇天のジョージの町に降り立った。
地元の人によれば、これらの山脈が海からの湿り気を止めてくれるおかげで、過去132年間で最悪という、18か月間で10ミリほどしかなかった降雨でも、ジョージ市を含めたガーデンルートと呼ばれる沿岸地区一帯は緑が枯れることもないのだという。アウテニクア山脈に守られているかのようだ。
言われてみれば、日本代表チームがワールドカップ大会開幕へ向けて最終調整をしているグランドの背後に見えるアウテニクア山の緑は深く、見る者を穏やかな気持ちにさせる。街にも緑が多い。冬でも全般に温暖な土地は、風光明媚で有名な南アフリカ有数の避寒地として知られ、国内有数の観光地として発達したというが、観光地にありがちな、どこか浮かれが雰囲気は微塵もない。
そういう土地で出会った人々は、穏やかな印象を与える人が多い。北半球の極東地区から来た日本チームを温かく迎えてくれている。東洋から来たチームの存在が、人口約14万という小さな町にワールドカップを身近に感じるものにしているという。
街中にはワールドカップ出場国の国旗が飾られ、夜にはクリスマスなど祭りの時にしかつけないという電飾で通りが彩られ、アフリカ大会で初開催となる4年に一度のサッカーの祭典を楽しもうという雰囲気が伝わってくる。
東洋人に接したことがないという人が多いようで、食事を取りに入ったレストランや、地元のスーパーや携帯電話会社のオフィスなど訪れる先々で声をかけられ、選手でもないのに、記念写真をせがまれる。FIFA指定のパブリックオープンデーの練習時に、約3500人の地元住民が駆けつけたのも頷ける。
市内でゲストハウスを経営するというコリンは、「僕らジョージ市民にも日本チームのことを知って、ワールドカップを感じられるいい機会だ」と言う。さらに、「ボンバーって選手がいるんだろう?どの選手?」と、日本の選手について興味津々の様子だ。スタジアムに集まった子供たちも、ワールドカップに出る選手たちの姿を、楽しげに目を輝かせて見ていた。
日本代表という名の通り、チームと選手は、そして彼らの取材で同行している報道陣も、日本の顔として国外に出ている。それは試合という場だけではなく、練習場でも滞在先でも変わらない。
「チームが僕らの町にいるんだから“自分のチーム”として気になるさ。南アフリカの次にね」とコリンは言った。「日本には頑張ってほしいよね」。
Text by Kumi Kinohara