冬のち夏、そして秋?
「ダウンジャケットを持っているなんて、ちょっと間抜けに見えるよね」。
「まあね。でも僕も同じだ」。
そんな会話を飛行機の隣の席になった地元の人と交わしたのは、ヨハネスブルグから乗った飛行機がダーバン空港に着いた時だった。
到着前の機内アナウンスが現地の気温を16度と伝え、飛行機の窓から見える外の陽射しも柔らかく、実際に飛行機から一歩外に出ると、前夜の氷点下の気候が別世界のように感じたれた。
南アフリカの広さや多様性を最初に実感するのは、訪ねる先々での気温とそれによる景色の変化かもしれない。
この冬初めてという雪の便りを聞いたのは、ブルームフォンテンで日本がカメルーン戦に勝利を収めた翌朝のこと。「山は雪ですって!この辺も明け方にちらちら舞ったのよ」と、6月15日の朝、滞在していたホテルの女性が教えてくれた。
前日の試合は午後4時開始だったこともあって、スタジアムで冷え込みを感じることもなかったし、この日の朝、ホテルの窓越しに見えた青空や陽射しにも大きな変化はなさそうに見えた。それだけに、フロントの女性の話は俄かには信じがたかったのだが、一歩外に出た途端、吹きつけてきた風の冷たさに自分の認識の甘さを身をもって感じた。
それからの数日間、この国には寒波が居座った。
初雪の知らせが届いた翌日、ヨハネスブルグからダーバンへ向かう飛行機から、白く雪化粧をした山脈を見た。赤茶けた大地に突然白いエリアが表われて、まるで、透明なガラスカップにきれいに注がれたカプチーノのような、柔らかなコントラストをつくっていた。
カプチーノを連想させた山々はドラケンスバーグ山脈という。南アフリカで最高峰の3000メートル級の山々で、同国中央部から東寄りにあるレソト国を取り囲むように連なっている。寒波はその周辺から、北はプレトリアやネルスプリット、南西はケープタウンまでをすっぽりと覆い、北部には連日、霜注意報が出されていた。
だが、インド洋に面した港町のダーバンは、陽射しも風も初夏のそれを思わせる「トロピカル」な土地だ。ヨハネスブルグから南東へ550キロほども下れば、それも道理かもしれない。
クワズル・ナタール州のこの地域には、英国の田園風景を連想させるような、なだらかな丘陵が続く。だが、その丘を覆う、麦のように見えたものはサトウキビだという。沖縄あたりに広がるサトウキビ畑のイメージとずいぶん違う印象だが、作物の背丈がまだ低いためか。この収穫のために、その昔、インドから多くの人々が移住させられた。その関係で、現在でもダーバンは南アフリカで最大のインド系住民の居住区として知られている。
町の北側に位置するダーバンスタジアムは海の近くにあり、ビーチ沿いにはヤシの木が並ぶ。冬でも暖かく、Tシャツに短パンでビーチを闊歩する観光客も少なくない。
それでも、陽が落ちると気温が急激に下がるので、ジャケットなどの防寒具は手放せない。実にめまぐるしい変化だが、この1日の寒暖の差の激しさが、この国の気候の特長の一つでもある。
南西のケープタウンでも天候の変化は激しい。晴れれば冬でも気温が20度ぐらいまで上がり、頭上には抜けるような青空が広がって、まるで秋の1日という感じだが、そんな晴天は冬には珍しく、いつもなら、冬は激しい雨が続くことが多いという。確かに、ケープタウンで開催された試合は、準々決勝のドイツ-アルゼンチン戦を除いて、グループステージ3試合はすべて雨の中だった。7月7日に行われるウルグアイ対オランダの準決勝も、天気は下り坂という予報が出ている。
やはり、雨具とダウンジャケットは手放せないようだ。
Text by Kumi Kinohara