混乱のシャトルサービス
ルステンブルグの試合会場へ行くメディア用のシャトルバスをホテルの玄関先で待っていると、それと思しきバスがやってきた。と、20メートルほど手前のホテルの入り口で止まったまま、なかなかこちらのピックアップポイントに来ない。予定されている出発時間はとうに過ぎているというのに、まるで動きがない。見ると、30~40人ほどのウルグアイ人サポーターに取り囲まれている。なんと、サポーターの“シャトルジャック”だった。
“事件”が発生したサンシティのホテルからルステンブルグの競技場まではバスで小一時間の距離。交通手段が欲しいのは理解できるが、これぐらいの規模のグループにもなれば、普通なら事前にバス1台をアレンジするぐらいのことはしそうなもの。だが、彼らはたまたま見つけたメディアシャトルのドライバーに乗せてくれるように頼み込んでいたのだった。無論、タダで。
結局、試合会場の輸送担当者に携帯で連絡を取りながら20分ほどを費やして交渉した結果、担当者の好意でウルグアイ人サポーターの一団は、これに乗せてもらえることになった。ご満悦だったのは言うこともない。もっとも、乗るや否や、暑いからエアコンを効かせろ、前に座らせろと、わがままぶりを発揮。これには、同乗のイングランド人カメラマンの一行もさすがに呆れていた。
日本や欧州などの一般的な国なら、かなり稀なケースと言えそうだが、ルステンブルグ市内のホテルから競技場に向かった別ルートのメディアシャトルでも似たような騒動があったという。こちらはメキシコ人サポーターの一団だが、同乗してきた人の話によると、ウルグアイ人サポーターよりはおとなしかったようだ。
南アフリカの人々にとって、交通難は他人事ではないのだろう。多くの場所で公共の交通網が整備されていないため、日本や欧州にあるような、都市間や都市内を走る鉄道網もない。自分で運転する車がなければバスが頼りだが、そのバスも運行区間は限られている。ヨハネスブルグ北部のサントンなど、都市によっては、朝夕の通勤・帰宅時間帯に特定の場所から出ているミニバンの乗合バスもあるが、それらがないエリアではヒッチハイクが重要な移動手段になり、それも叶わなければ自分の二本の足と体力を頼りに歩くしかない。
そういう背景があるから、当地のドライバーも困っている人を無視するわけにはいかなくなるのだろう。実際、ブルームフォンテンでもルステンブルグでも、非常に気軽に「ルート外」、あるいは「時間外」のシャトルサービスを提供していた。
それはありがたい半面、同時にそういうイレギュラーな稼働が全体の運行状況に小さくない混乱を招いていたのも、また事実だ。とにかく時間通りに走らない。予定時間の10分前に出ることもあれば、45分から1時間近くも遅れて出ることもある。サッカーシティでの開幕戦や、ヨハネスブルのエリスパークでの試合など、2時間待ちはざらだった。
そもそも地元の人々には時間の観念がかなりアバウトなところがあるのだが、そこに、「乗客」が一人の場合などは「動かすのがもったいない」、時間が過ぎても「誰かが来た時に、いないと困るだろう」という発想が加わる。助け合いの気持ちは素晴らしいと思うのだが、メディアにとっては時間を計算できない、つらい状況になる。なんのための運行スケジュールか、時差付きで締め切りを抱えているメディアにとって、時間がどれほど貴重か、などということは残念ながら考慮に含まれていない。それもこれも、彼らの日常が反映されてのことにほかならない。
「ワールドカップの開催でヨハネスブルグの道路はよくなった。ソウェトに行くのに、こんなにきれいな道路ができて快適だよ。交通網ももっと整備されるといいな」。
そう話していたのは、大会開幕直前に出会ったヨハネスブルグのタクシードライバーだった。彼と同じように、大会開催をきっかけにしたインフラ整備に期待する声は各地で耳にした。特に、町が点在しているような内陸部の地域では、各地域をつなぎ、一般の人が気軽に利用できる交通網の整備は人々の生活に直結する。彼らの今後の発展に欠かせない重要課題の一つだと感じた。
Text by Kumi Kinohara