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[ 10.07.10 15:22 ]Views from South Africa ~ K’s travelling notes 8 ~

南アフリカ、空の怪

ヨハネスブルグからケープタウンへ向かう飛行機で一緒になったミシェルが、隣の席で文字通りポカンと口を開けて前方を見ている。彼女の視線の先にあるのは、この便のフライトアテンダントの女性だが、確かに目を奪われる。なぜなら、身長2メートルはあろうかという“大女”だからだ。

 

「こんにちわぁ。ご搭乗ありがとうございまぁす」と、機内に乗り込むと、屈託ない笑顔で挨拶された。長い付けまつげとネイルが見事だ。それに肌の艶もいい。いや、お世辞抜きで。

 

離陸前に行われる、救命胴衣の着方などの緊急脱出時についてのアナウンスも、“彼女”が笑いの要素を獲り混ぜて艶やかに読み上げ、機内から笑いを誘った。

 

実は、クルラ運行のそのフライトは、ヨハネスブルグ空港で発生したコンピューターのシステムトラブルで、搭乗手続きが大幅に遅れ、機内に乗り込んでから離陸までも、さらに数十分待たされるという、本来ならば乗客から大ブーイングが起こりそうな状況だった。だが、カイの存在とユーモラスなアナウンスで、機内は和やかな雰囲気に変わっていた。

 

“彼女”の名前はカイ・ルーラ。クルラの正規のフライトアテンダントではないが、週に2度、ヨハネスブルグ―ケープタウン間のフライトに特別搭乗している。

 

クルラは、いわゆる格安航空会社の一つでだが、“彼女”以外にもユーモラスなアナウンスをして笑いを獲ることで知られている。南アフリカのある空港到着時には「ジンバブエへ、ようこそ!」とアナウンスして乗客の爆笑を誘い、またある時は、ラップ調の緊急脱出時の案内を披露して拍手喝采を浴びるなど、芸達者な乗務員が多く、“芸風”はさまざまだ。

 

カイ・ルーラも、この類のジョークが好きなアメリカ人を中心とした乗客には大受けだが、中にはミシェルのように、驚くばかりというリアクションもある。

 

フリーステート州出身のミシェルは、当地に多いオランダ移民の末裔の伝統的なアフリカーナーで、ご主人はプライベートジェットのパイロットでラグビーを嗜む。つまり、古き良き時代の男らしい男をよしとする家系で育ったようで、それだけに、カイのような“女性”は「信じられない」存在なのだという。カイに興味津々で話しかけたい筆者を、「近くに来させないで!」と必死に制止していた。

 

カイの正体はブレンダン・ファンラインさんという、正真正銘の役者さんだ。この5月までミュージカル・コメディの“Mile High – with Cathy Specific”を4ヶ月間上演してきたばかりだ。

 

このミュージカルも、ブレンダンさん扮する女性フライトアテンダントを中心にした話で、共同で自ら脚本も担当した。南アフリカ出身のブレンダンさんは、イングランドでミュージカル音楽を勉強後、母国に戻って舞台や映画などで活躍を続けてきたが、その後、南アフリカ航空で6年間フライトアテンダントとして世界を飛び回ったという。キャシーも今回のカイ・ルーラも、その経験から誕生したキャラだ。

 

 「芝居と飛行機が好きで、なんとかこの2つを組み合わせられないかと考えたのが最初。身長2メートルの付け睫毛が素敵な女性は目を引くかなと思って」とブレンダンさん。

 

素顔がさわやかな32歳の青年だが、化粧には3時間半かけ、ヒールも履いて滑らかな歩きを見せる徹底ぶり。艶やかな肌はエステにでも行っているのかと訊いてみると、「まだよ。これからかしら」とカイが応えてきた。

 

「フライト最初のアナウンスメントはとても重要。こちら側にお客さんを引きつける絶好の機会だし、これから始まるフライトがとても楽しくなるんじゃないかと感じてもらえるように気を配っている」と話す。

 

アナウンス以外にも他のフライトアテンダントと共に飲み物のサービスも行うが、2時間のフライトの全てが彼、いや“彼女”の舞台なのだ。

 

ケープタウン到着後、大幅に遅れたフライトを速やかに出発させるためのアナウンスも忘れない。

 

「あのね、このあと私とキャプテンはデートなの。だから、みんなできるだけ早く機内から出てね。よろしくー」。

 

カイ・ルーラはワールドカップ期間中の特別企画だというが、多くの乗客から記念写真を頼まれ、時には電話番号を渡されることもあるといい、人気キャラになりつつある。ワールドカップ後がどうなるか、気になるところだ。

 

今後について訊いてみると、「そうね、いつか私専用の航空機を手にして飛んでみるのもいいわね」とカイ。

 

2時間の舞台付きのフライトは悪くない。

 

 

 

Text by Kumi Kinohara

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