「それで、南アフリカのこと、どう思う?」
ヨハネスブルグのサントンで乗ったタクシーの運転手も、すっかり顔見知りになった滞在先ホテルのフロントの女性も、異口同音に尋ねてきた。
彼らだけではない、大会取材のために滞在した約5週間、できるだけ多くの地元の人と話をするようにしてきたが、どの人との会話の中でもほとんど訊かれる。そして、こうも訊かれる。「またこの国に来てくれるかい?」
ジャーナリスト、それもサッカーに関わるという仕事柄、これまでにも数多くの国を訪ねてきたが、実際に現地に滞在する前と後で、これほど大きく印象が変わる国も珍しいかもしれない。もちろん、ポジティブに、である。
地元の人たちと話をすると、彼らはみな、ワールドカップの開催で生じる何かしらの変化を期待していた。インフラ整備、経済発展、治安の改善、他の国から来る多くの人との出会い、商売繁盛などさまざまだったが、中でも多かったのは国のイメージの改善で、冒頭の質問も、南アフリカの良さを知ってもらいたいという、彼らの切なる願いから出たことは言うまでもない。
同国のズマ大統領も「この国のよいイメージを世界へ示すことができた」と、大会終了を受けてコメントし、さらに「国民が融合できた」と喜んだ。
「いいところだろう?!悪いニュースばかりが外に流れすぎなんだよ!」と、半ば怒ったように話していたのは、やはりタクシーの運転手だった。
「駅も改装されて周辺一帯がきれいになったから、変な輩がいなくなったし、なによりもトレーニングを受けた警官の数が増えたかのがうれしいね」。そう話していたのは、ケープタウンのショップキーパーの男性だった。警察官の年俸設定が低すぎるから、成り手もなく、犯罪も減らないという悪循環が存在したと話した。
世界中から心配を集めていた治安問題は、大会期間中の警備体制のおかげもあって、大きな事件もなく終わったように思える。もっとも、ヨハネスブルグ地元紙は「本当に問題なかったのか、それとも、サッカー騒ぎでその手のニュースが報じられなかったのか不明」と皮肉たっぷりに評していたが、「この治安の良さを最も喜び、愉しんだのは地元南ア国民だ」と指摘した。おそらく、その通りではないだろうか。
押し込み強盗やATMや両替所が絡んだ犯罪など、実際に起こっていたことは事実だ。前者はさておき、後者については、警察当局が大会開催前に動いて、その類の組織犯罪の元締めらを逮捕したのだという話も耳にした。大会をきっかけとして、体制が強化・改善されたのは喜ばしい。だが問題は、大会中に維持されていた安全が大会後も保たれるのかとう点だろう。
大会組織委員会CEOのジョーダーン氏は、大会開催でスタジアムや道路建設などインフラ整備を中心に、この国に新たな雇用を生んだことと、労働者が建設技術など新たなノウハウを取得したことを、成果の一つとして挙げた。だが、である。ここでも気になるのは、ではこのあとはどうなのか、ということだ。
大会を成功裡に終えたことは評価すべきことで、なによりも、この国の人々の誠実な対応や真摯な姿勢をみると、彼らにはまだまだ大きな可能性が秘められているように感じた。それだけに、きっかけとノウハウを手に入れれば、さらにいろいろなことができるようになるのではないかと思うのだ。
きっかけは今回の大会で手に入れた。おそらく、いくつかの分野ではノウハウも手に入れたに違いにない。だから、大会後に彼らがどのように治安や経済などの国内問題に向き合って行くのか、とても興味がある。
「これだけ大規模な大会は南アフリカでは初めてだし、人種や肌の色に関係なく、これだけ多くの人が白人も黒人も一緒になにかやるのは初めて。この国に住む人々がお互いを理解する、とてもいい機会になると思う」と話していたのは、治安の悪いヨハネスブルグからジョージに、引っ越してレストランを経営しているジャスティンさんだった。
彼女も新たな展開に期待していた一人だ。その彼女はこの1ヶ月をどう見たのだろう。そして彼女だけでなく、この国の人々やこの国を知った人々は、南アフリカのこれからをどう見るのだろう。
数ヶ月後か数年後か、やはり、もう一度訪ねてみたい国である。
Text by Kumi Kinohara