6月24日 ルステンブルグへ、デンマーク戦いざ
マッチフラッグの準備は万全である。最後に仕上げを南アフリカに乗りこんできたサポーターの人たちにしてもらい、試合も3戦目となるので、こちらのスタジアム事情もだいたい分かってきた。
今まではスタジアムの中には袋に詰め込んだ状態で私とカルロスの二人で持ち込んで、設営を行ってきたが、今日はその部分もサポーターの人たちにも一緒にやろうということになり、バックスタンドの同じブロックの座席チケットを20枚、西鉄旅行社さんのご厚意で用意していただいた。
ホテルのロービーのインフォメーションボードには「6月24日・日本対デンマーク戦15:30出発」と書かれてある。まだ出発まで6時間もあるのに既にサポーター達はユニフォームに着替えいつでも乗り込める体制である。「早いね」と声をかけると「なんだか落ち着かない」と一言。ここまでオランダは勝ち点6、日本は2位で3位デンマークとは勝ち点で並び、得失点差で1点うわまっている。引き分けでセカンドステージに勝ち進めるのである。同時刻に行われるもう一つの試合カメルーン対オランダは関係ない。目の前の相手を0点に抑えればいいのである。この可能性は相当ある。そんなみんなわかりきっている話を、楽しそうに嬉しそうに話す。
その様子をテレビ朝日のクルーが撮影しにきた。今夜の報道ステーションで南アの日本人サポーターを取材にルステンブルグに先乗りしていたのだが、誰もルステンブルグには宿泊していなく、急遽こちらに来たということだそうだ。ルステンブルグまではここから車で3時間くらいである。サポーター達の多くはがヨハネスブルグベースで動いているので、今日の試合は日帰り組がほとんどであろう。取材のカメラが回る、ロビーにマッチフラグを広げて、みんなで気勢を上げてこの落ち着かない空気を、早くルステンブルグに行きたいこの気持ちを、ここまでやってきた日本に対する期待と、ここまでやってきた自分に対する気合いとを声に込めて気勢を上げた。
ホテルの従業員もブブゼラを吹いて盛り上げてくれた。さすがウマイ!小柄な女性なのに図太い低音がホテル内に鳴り響く。闘莉王の妹さんにもインタビュー、日の丸をしょって誇らしげである。
15時半になり、いよいよバスに乗り込み出発である。バスの窓からはまたしてもホテルのブブセラ3人娘、踊りも加わって日本の勝利を願ってくれる。かたわらにマネジャーも手拍子で仰いでいる。
彼女は昨日ワークショップの時にこんなことを言っていた。「私は日本のサッカー選手が好きである。なぜならば彼らは自分のハートの為にサッカーをやっている。しかしアフリカの選手はそうでなくって、お金のためにサッカーをやっているから」しかし、衣食住足りての日本でのサッカー事情と、そうでない環境である地域とでの、サッカーというものの意味が、選手にとって生きがいなのか、生活手段なのかは当然異なってくるのであろう。よくいうハングリー精神が日本には足りないという部分である。
今日の日本はどうだろうか?飢えているのか?岡田監督が良くする話で、「ある格闘家が試合の前に百獣の王ライオンが獲物を襲い相手の体を食いちぎる映像を必ず見るんだ、その気持ちで試合に挑まないといけないんだ」というのがある。今頃日本チームはアフリカの地でベスト16、グループリーグ突破という獲物に飢えていることであろう。
ちかくには野生動物保護区の国立公園もあるというルステンブルグが近付いてきた。アフリカの大地に陽が沈み始めた。真っ赤である・・・動物たちの狩りの時間の始まりである。
スタジアムの駐車場に到着しマッチフラグサポーター達20人とフラッグを手持ちで掲げながらパレードしていった。街灯も少なく、夜も更けすっかりあたりは暗くなってはいるが、このフラッグがあるおかげでみんな迷子にもならずスタンドまで辿り着いた。今までは広げては入っていなかったので、ゲートをくぐったところでFIFAのスタッフに呼び止められ、フラッグのチェックを受けた、フラッグの内容がふさわしくないかどうかというものである。まじまじとみながらの判定は!
「ビューティフル!」であった。ありがとうございます!
こんなことも予想はしていたので、大胆にキャラクターとかメーカー名の柄のTシャツなどがそのままフラッグにならないように制作の時から気を付けてきたのでした。ここで取り上げられたら泣くに泣けないですからね。
スタンドには既に日本サポーターたちが集まってきていた。我々も場所を決めて9つにわかれているフラッグを3×3に繋ぎ合わせる。いつもは2人でやっているのだが今日は心強い、緑のピッチには目もくれず旗を繋いでいくその姿に「ありがとう」というより、きっと昨日参加してくれた人たちだから、すでに自分がつくったという気持ちになっているのであろう。この気持というものは目には見えないけれど、その行為で人に伝わるものなのである。
大きくなったマッチフラッグを2階の後方214ブロックのスタンドで広げてみる、四方をみんなで持って旗を揺らしてアピールする。カルロスが1階におりて見栄えを確認してきたが、「ここでは見えにくい」との報告。
ならば場所を変えよう、やはりよりピッチに近いスタンドか垂直に幕を垂らすのがよい。2階席の前列が空いているゴールよりのエリアに移動して幕を垂らした。しかし高さが足りなく全部は垂らすことが出来ない、ならば半分はたらして、半分はスタンドにという変則ポジションにすることにした。1階に下りて下の席の人か文句が出ないぎりぎりのところまで下げた。
垂らすと見えやすいのだが、はためかすことが出来ないので変化がない。初戦の「カメルーン戦はスタンドではためかしたので動きがあった。2戦目のオランダ戦は垂直にたらしたので見えやすかった。そして3戦目はそのミックスバージョンといういことで、スタンドに残ったフラッグのつなぎ目のところに人が入ってフラッグを動かそうということで何人かに中に入ってもらった。これはいいんじゃない?。なおかつフラッグの中は暖かい。こたつのなかにはいっているようなものである。
試合が始まった、気持ちが高まれば体は動く、身体が動けば旗がたなびく、旗がたなびけば、ピッチにいる選手たちにも、スタンドにいるサポーター達にも、テレビで見ている世界中のサッカーファンたちにもその気持が伝わるのである。90分後にはどんな運命が待っているのであろうか、どちらかが喜び、どちらかが悲しむ、それがこれからの90分で、この場所で決まる。この試合はこの試合の勝ち負けだけではない。2006年大会グループリーグ敗退して以来の「突破!」への戦いとなるのである。その獲物を追いかけて飢えたSAMURAIが走りだした。
試合は本田選手の無回転のフリーキックが全てを決めた!揺れた!揺れた!ボールも揺れた!スタンドも揺れた!マッチフラッグも揺れた!前半開始10分くらいは攻め込まれていたが、持ちこたえ、立て直した後の日本の先制ゴール!デンマークは勝たなくてはいけないから、是が非でも先に点がほしいところであったのに、本田選手のフリーキックは相手の勝利への気持ちをも揺るがせる効果的な一発であった。それどころか、そのあとの遠藤選手のフリーキックにキーパーが反応が遅れた。戸惑ったのも、本田選手のあの無回転シュートの弾道の残像がキーパーに焼き付いてしまっていたからであろう。全てあの本田圭祐のシュートが試合の流れを決めた。
1発で流れが変わる。流れが試合を決める。流れとは11人+ベンチ+スタジアム+テレビで観戦している人たちの気持ちのことを言うのである。気持ちが一つの方向にまとまっていったときに流れが起こるのである。4年間の留まっていたグループリーグの壁を本田のフリーキックが穴を開け、ベスト16への水流がそこから流れ始めた。
その水勢は後半も続き岡崎選手のゴールも生み出し、見事3対1での勝利を収めたのであった。
勝利の瞬間はあっという間にやってきた。何の心配もする暇もなく、強いジャパンが目の前にいる。やったー!この気持ちをマッチフラッグに!垂らせ!揺らせ!垂らせ!揺らせ!本田選手がインタビューを終えて一人でサポーター席に駆け寄ってきた。センターメインバックスタンドにお辞儀をしたあと指をさしたその先にはマッチフラッグがあった。
マッチフラッグはたたまずにそのまま広げてみんなで勝利の凱旋パレードである。スタンドの外に出るとフラッグの周りにみんなが集まってくる。デンマークサポーターも寄ってきて、フラッグを背景に記念写真を撮っている「コングラッチュレーション」と試合が終われば互いにサッカーサポーターである。このマッチフラッグに今日戦った二つの国の国名が記してある。そして日本のサッカーの歴史の中で記念すべき日となった。2010年6月24日という日付がしっかりと日本サポーターの手によって縫い付けられている。「いい日だ、今日はいい日だ、日本が勝ってよかった。マッチフラッグを作ってきてよかった。今日はいい日だ。今日はいい日だ」
(文責:日比野克彦)
<<前の記事 次の記事>>日比野克彦