SAMURAI BLUE サッカー日本代表

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[ 10.06.29 14:42 ]マッチフラッグタイムスVol.18 6月29日 明日へ

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6月29日 明日へ

【プレトリアへ】

 ウルグアイ2-1韓国・ガーナ2-1アメリカ・ドイツ4-1イングランド・アルゼンチン3-1チリ・オランダ2-1スロバキア・ブラジル3-0メキシコと昨日までのベスト16の試合で勝ち残った国を見ると、ウルグアイ・アルゼンチン・ガーナ・オランダ・ブラジルと残るべき国が残ってきている。そして今日、日本はパラグアイとその列強国に名を連ねるべく試合に臨む。日本は90分の試合を3つ戦ってきて、270分の集中力の積み重ねで今日の試合をする権利を勝ち取ってきた。1秒たりとも隙があればこの日を迎えることは出来なかったであろう。そんな姿を見守ってきたサポーター達も「いよいよだね」と声を掛け合う。毎試合この「いよいよだね」という言葉が交わされるのだが、今日はまた格別のいよいよである。

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 このサポーターホテルでの試合のある日の朝の雰囲気も今までとはちょっと違っている。マッチフラッグをここで作ってきた人たちも「もう一枚つくりたいね」と遠回しに、ベスト8に残って次はベスト4を賭けた試合に挑む自分たちを想像している。そこは未知なる領域である。その姿に憧れたりもするが、今はそんなことは誰も直接口には出さない。言った先から勝負の神様に突き放されてしまうような気がするからだ。みんな平穏を装ってホテルを出発する。フロントの掲示板にはいつものように案内が書かれてある「6月29日・日本対パラグアイ、プレトリア16:00キックオフ」ついにその時が来た(KE NAKO!)

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 太宰府から届いた9枚のマッチフラッグには2010年6月29日という今日の日付が縫い込まれてある、つまりこのフラッグの本番の日、出番の日が今日である。南アフリカで作った4枚と加えて、今までで最大枚数のマッチフラッグとなった。決勝トーナメント進出が決まってから間4日で何枚のマッチフラッグが出来るのかわからなかったが、この行動力は凄まじく、遠く日本を離れていても日本国内ではかなり盛り上がっているんだなということが、そのマッチフラッグの勢いから想像できる。

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 30分ほどバスで移動するとプレトリアに到着する。アメリカ大使館の建物の前の広場でバスを降り、南アフリカにやってきた日本サポーターたちで、その熱気のこもったマッチフラッグを身に纏ったり、広げて持ったりし、スタジアムまでパレードをする。一気に我々のムードも盛り上がってきた。静かな森に囲まれたこの一帯に花が咲いたように賑やかになり、警備の人たちや道筋の家の人たちも、このプレトリアに遠く日本からやってきた我々を笑顔で迎えてくれている。大きな声を出して気勢を上げたい気分と、まだ空騒ぎはするべきじゃないという気分と、華やかなフラッグに視線が集まる高揚感とが入り混じりながら、ここまできた誇りをもって、そしてベスト16の日本チームのサポーターして堂々と戦いの場であるプレトリア・ロストスヴァースフェルトスタジアムへ足を進める。途中に日本のサムライ・ゲイシャに扮した外国サポーターと出会う。そのちょっと間違っていそうな姿に笑いが起こって、初めて自分たちが緊張している事に気がつく。

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 スタジアムが見えてきた、ゲートの前につくと地元南アフリカの人たちもマッチフラッグパレードの一団を写真に収めたり、一緒に交じったりしながら、ワールドカップの試合前ならではの国を超えた交流が始まった。グランドレベルで行われる90分の試合だけではない、もうひとつのスポーツがもたらす魅力がそこにはあった。サッカーという世界の共通言語で集まった者同士たちは即、互いを受け入れていた。

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【スタジアムへ】

 スタジアムがある敷地のゲートをくぐると、何人かが後ろでもめている。フラッグのサイズが規定より大きいから持ち込むことが出来ないと言われている。規定は2m以内、太宰府から持ち込んだものは2,4mである。西鉄旅行社のスタッフが係り員とかけあってくれて、半分に折ってスタンドで応援するからということでOKをもらう。太宰府のマッチフラッグは福岡の西鉄旅行社さんが南アフリカに持ってきてくれた、ほんと西鉄さんありがとうである。

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 スタジアムの周りではアフリカンミュージックが流れ、ダンサーたちが踊っている。長靴とヘルメットといういでたちのダンサー達は、パラグアイサポーター、日本人サポーターも巻き込み、自分たちのリズムに乗っかてきてくれるその姿をみて大喜びである。

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 ショップには日本とパラグアイのユニフォームが並んでいる。当然ながらここで日本のユニフォームを買う日本人サポーターはまずいない。今までのワールドカップでは、その日に対戦国と日付が印刷されてあるTシャツがあったのが、私も何枚か持っている。ここでしか手に入らないものだったら、現地に来た記念にと購買意欲も湧くのだが・・・店の定員も暇そうである。

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 プレトリアのスタジアムは赤煉瓦の外壁が特徴で気品がある。大使館などもあり高級感があるこの地域はその分警備も細かく、お役所的な規律があるようである。なので、みんながそれぞれここまで持ち込んだマッチフラッグがまたスタジアム内の警備の人にとやかく言われる可能性があるかもということで、まとめて私が袋に詰め込んで持ち込むことにした。サポーターはサポーターの戦いがある。袋を肩にしょってただ単なる荷物を装って客席スタンドに向かう。

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 スタジアムを見渡すとフラッグがどこにも張られていない。やはりこのスタジアムは厳しいようである。スタジアムによって規則が異なるというのも不思議だが、ここはここのやりかたがあるということで従うしかない。選手の名前などが書かれてあるいつも見かける横断幕もバックススタンドには張ることが出来ないようである。かろうじてゴール裏には横断幕をわずかに貼れる場所がある。

 試合開始2時間前、まだスタンドには人はまばらである。ある程度人が埋まってきてからマッチフラッグを袋からだして客席スタンドで出すことにして、しばし静観する。スタンドを監視する警備員も今までの試合よりも倍に増えている。その分、警備員と警備員の間が狭くなっている。

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 スタジアムの大型ビジョンには日本の紹介のデーターが出ていた。「人口1億2700万人、プロサッカー選手974人、ワールドカップ初出場日・1989年6月14日、出場回数・3回、4勝2分7敗」かたやパラグアイは人口は日本の20分の1の634万人ながらワールドカップ出場8回目である。ベスト16も過去に3回ある、日本は自国開催の時の1回のみ、しかしながら互いにまだベスト8の経験は過去にない。どちらが勝っても歴史的な試合となる。

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 試合開始1時間前、会場には音楽が鳴り出し、観客も増えて来た、そしてピッチにアジア代表の我らが日本チームが姿を見せた。スタンドからは待ってましたとばかりにニッポンコールが沸き起こる。

 このタイミングでマッチフラッグを袋からだし広げ始める。近くの席にいたジンバブエから来たという人たちらにも協力してもらって旗を振る、周りには南アフリカ人の日本を応援するサポーターも多くいる。日の丸をフェースペインティングしてにわか日本ファン大量出没である。パラグアイのサポーターも負けじと旗を持って寄ってきた。各国みんなでマッチフラッグを振ると周囲の観客からも歓声が沸き起こる。あらためて布は不思議である。袋の中から出すとあっというまに場が変わるのである。ピッチの選手にもきっと届いていることであろう。南アフリカで作ったパラグアイマッチフラッグには「KE NAKO JAPAN(ついにその時が来たぞ!日本!)」と書かれてある。そのフラッグを持ってスタジアムのバックスタンド前列を練り歩いた。制作してくれたサポーター達がみな同じ席でなく、いくつかにバックスタンド内で分かれているから、その人たちに対してのお披露目も兼ねてのパレードである。

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 試合開始の時間が迫り、日本サポーター席に巨大日の丸フラッグを準備する日本応援団の人たちが忙しく動き始めた。警備員がその存在に気がつき何やら注意をしているが、そのあまりにもの大きさと慣れた応援団の無視ぶりになすすべもなくやり過ごしている。このあたりは百戦錬磨の兵どもである。選手が入場する、テーマソングがスタンドに鳴り響く絶好のタイミングで巨大日の丸が広がる!ビールをたんまり買い込んできた観客もびっくりして腰をかがめる。我々の上に国旗の屋根が出来る、そこには国内で描かれたサポーターのメッセージが書かれてある。「がんばれ岡田JAPAN、ワールドカップ優勝、中澤まかせた、FIGHT!」・・・。私もこの旗に書いた。去年行われたトーゴとの親善試合の日に、あの2002年に同じくベスト8を賭けた仙台のスタジアムで「サッカーは文化だ!」と書いた。この巨大日の丸もみんなのメッセージを乗せて、よくぞここまで来たものだ。

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 日の丸の屋根が抜けていった。ピッチには選手たちがすでに整列していた。そして国歌が流れた。君が代を大声で歌う。さざれ石が巌になるようにみんなで一致団結して試合に臨む。バックスタンドからはスタメン11人が肩を組んでいる姿がはっきりと見える。まさに詩(うた)の姿である。行け!ニッポン!歴史に刻まれるであろう試合の開始である。

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【延長戦へ】

 試合はパラグアイの攻撃をしのぎながら、日本も走り攻めた、全員が90分をいっときの油断もせず0-0のまま延長戦に入った。ここからの時間は日本にとってはワールドカップ最長の試合の時間となる。今まで経験したことのない時間である。これから何が起こるのであろうか?延長前後半30分という、たかが30分という日常の中ではあまりにも短いその時間の中で何が起こるのであろうか?延長戦を迎えるスタンドはピッチ上にいる選手、チームスタッフたちから目を離すことができない。円陣を組んだ。その時あのシーンを思い出した。日本がワールドカップ初出場を決めた1997年11月16日ジョホールバルでの延長戦突入のあの時もチーム全員で円陣を組んだ。その時も今と同じ岡田武史監督が輪の中にいた。そしてNHKの中継では山本アナウンサーがこうコメントした「彼らは彼らではありません。彼らは私たちそのものです」今の我々もそう、あの円陣の中にいます。

 あれから13年がたち、舞台はワールドカップアジア最終予選ではなく、World Cup Final(本大会)のROUND OF SIXTEENである。日本は成長した。大きく成長した。それを形として今ここに見せてくれている。

 延長戦の30分はあまり覚えていない。選手の動きをボールの動きを追っかけながらも今、この時間、この瞬間、地球の上で確実に最も「気」のこもった時が流れていることだけを実感している身体がそこにはあった。スタンドは日本のホームとなっていた、ブブゼラの音をかき消して、ニッポン!ニッポン!のコールである。アフリカの人たちもそのリズムに乗っかりニッポン!ニッポン!と連呼する。アフリカが日本になっていた。


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【PK戦へ】

 PK戦になった。不思議な気分であった。日本のワールドカップが終わるのか終わらないのか?がPKで決まる。ワールドカップの大舞台でPK戦で勝者と敗者が決まる試合は幾つも見てきた。それは当たり前だが所詮他人事であった。こんなギリギリのやりどころのない気分というものだったのか。アウェーの地で迎えるトーナメントの戦いは、勝ったら残る。負けたら帰る。あと数分でその運命が決まる。「この先何が起こるかわからない」とよく言うが、今がまさにその時である。120分という規定の最大限の時間を使いきったその先のPK戦という、この止まっているような時間であり、なのに秒針が確実に運命に向かって進んでいるような時間。そして果てしなく微細に1秒の中に前にしか進むことの出来ない時間を刻み込んでいるようであり、なのに途方もなく未曾有の尺度の力がスタジアム全体を覆っているようでもあった。

 そこに運命が待っている、目の前に待っている、しかし誰もそれは知らない。誰が知っているのか?「刻み込まれた時間」が知っているのか?「未曾有な力」が知っているのか?はたまたゴールラインから11m離れたペナルティーキックポイントの地点に置かれたボールが知っているのか?

 何も知る術のないスタンドとグランドの人間たちはただ肩を組みその答えを待つしかなかった。

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【明日へ】

 試合が終わってから5時間34分が過ぎていた。岡田監督に電話をした。いつもと声のトーンが違っていた・・・。

 「選手を勝たしてやれなかった・・・。」

 言葉少なな岡田さんに私は一方的に話しかけていた。「いい試合でした。サポーターもみんなここまできてよかったって言っています。」あとは何を喋っていたのかよく覚えていない。
 岡田さんと昔、話した時にこんなことを言っていた。

 「煉瓦を横に積まなくてはならない時がある、縦にばかり積んでいては、進化することは出来ない」と。

 この南アフリカ大会に向けて、いくつかの煉瓦を積むことが出来たと思う、本大会前の厳しい状況でのチームつくり、そして南アフリカ大会で初めてのアウェーでのベスト16、そして初めての決勝トーナメントでの延長PK戦という経験。
 勝てなかった、けれど煉瓦は確実に積まれた。
 赤煉瓦が美しいプレトリア・ロストスヴァースフェルトスタジアムで明日へつながる煉瓦が積まれたことは、誰しもが知っている。

 

(文責:日比野克彦)

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 Vol.14 [6月25日 フラッグ再起動!買い出し編] 
 Vol.15 [6月26日 新たな気持ちでパラグアイとのマッチフラッグを制作] 
 Vol.16 [6月27日 ケーナーコー(ついにその時が来た!)] 
 Vol.17 [6月28日 太宰府で制作したマッチフラッグが到着] 
 Vol.18 [6月29日 明日へ] 
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日比野克彦

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